昼寝。

「名前さん!今日という今日は逃がしませんからね!昼休み前に僕の所に来なさい!」
鬼の形相でそう捲し立てられた。数日前、個人的には特にやらかしたつもりは無いのだが同僚としては見逃せない案件でもあったらしく、のらりくらりと躱しまくって今日までに至る。何の話をするつもりか分からないが、まあ頭に来てるという事はつまり説教かつお小言案件フルコースだろう。それに、あの鼠がこの横浜に来ているという情報もあって周囲がピリピリしている所だ。尚更怒られて話が逸れまくって本題が何だったのか分からなくなるに違いなり。
というか、いちいち私が出勤するのを待って言いにくるだなんて、さては私の事好きだな?おん?好きなんだな?そんな事言えばまた小言が増えて面倒な事になるので心の中でマウントを取りながらその場では適当に返事しておいた。そもそも、私が今まで逃げていると分かってるのに自分の所に来いというのは効果が無いと分かっているのだろうか?首根っこ掴んで引きずる程度の事をやらないと私は行かないぞ。同僚に言えば本当にやりそうなので絶対に言わないが。目の下にクマをこさえて徹夜3日目だとぼやく彼の思考はあまり働いてないだろう、今回も逃げるのは容易そうだラッキーと思った。
それまでが朝の出勤時に起った出来事で、今は昼である。勿論安吾の所には行ってない。貴重な昼休みを小言をBGMにしながら昼食を取ればご飯が不味くなる。安吾に見つからないようなんとか職場から抜け出し、財布のような大きな物を持っていけば昼に行くという事がバレるに違いないので予めポケットに入れていた500円でコンビニの弁当を買い、陽射しが良く当たる公園のベンチに座ってお腹を満たす。今頃安吾は私が居ないことに気づいて憤怒しているんだろう。その証拠に、仕事用のスマホが先程から通知音が鳴り止まない。仕事用なのでさすがに通知音を消せば、私の性格上だと通知音を付ける事を忘れて重要な仕事の内容を逃してしまいそうなので、そのままにしている。先程からひっきりなりに通知音が鳴って、ポカポカした陽射しに涼しい風が吹き、のんびりとしたこの雰囲気をぶち壊され正直五月蠅いのだが背に腹は変えられない。あ、電話が鳴り止んだ
「ふわ〜…ねむ…」
なんだか眠たくなってきたし、少しだけ仮眠でも取ろう。ただ、人の姿で寝ているのは流石に問題がありそうなので、コンビニ弁当の空箱を捨てるついでに茂みに入って異能を使う。こういう時、外でうたた寝が出来るしこの異能は本当に便利だ。そうやって使う異能では無いのだけれども。先程使っていたベンチに飛び乗って身体を丸め、襲ってくる睡魔に身を委ねた。

「…?」
目が覚めると、ベンチの上に居る堅い感触は無く、生暖かくて手触りの良い布の上に居た。一定の早さで頭から背中を撫でられる感覚に、誰かの膝の上に居るのだと理解した。手のサイズ的に恐らく大人だ。子供に連れられ公園に遊びに来た猫好きな親が私を可愛がっているのだろうか。それにしても、撫で方が異様に上手い。また睡魔が襲ってきてきそうになるが、彼の声を聞いて睡魔が吹き飛んだ
「おや、目が覚めましたか?」
「ッ!」
「おやおや、…フフッ」
同僚のクマを増やしてる元凶―――ドスト・エフスキーであった。つい反応してしまって異能を解いてしまいそうになるが、相手にしてはただの猫だ。異能力者だとバレてしまえば殺されるかもしれない。特務課であれば尚更だ。ここはぐっと堪えて彼の顔を見てそのまま身を委ねれば、私の頭を撫で続ける
「僕はね、ここの横浜にある白紙の書を探しているのです。何かご存知ありませんか?」
「…なァ〜」
「おや、お返事が出来るのですね。フフッ」
「…」
「この世界は罪に溢れかえっている、異能力という罪を無くした世界にしたいのです」
「…」
「貴女もそう思いませんか?」
ベンチの向こう側には子供達がはしゃぎながら走り回っている。私はそんな子供達を見ながら、何か情報を漏らさないかこの男の言葉に注意深く耳を傾ける。周りから見たら成人男性が猫を愛でているほのぼのとした光景に見えるが、実際はそうではない、この場の空気だけが異常であった。否、異常だと感じてるのは私だけかもしれない。彼から滲み出る冷ややかな雰囲気に、先程から身体の強張りが取れない。
「そう緊張しないで下さい、今は何もしませんよ」
「ッ、」
「あー!猫だ!おにーちゃんの猫?」
「いいえ、違いますよ。」
「俺も触っていい?」
「ええ、どうぞ。僕はもう行きますので」
「わー猫可愛い−!」
「それではまた、名字名前さん?」
彼の言葉の節々に、疑問を感じてはいたがやはり最初から気づかれていたのか。彼の恐ろしい思考回路に、どっと冷や汗が滲み出る。尾行をしようにしても、遊んでいた子供がこちらに来て私を揉みくちゃにしているので中々行けず、何なら抱き上げられてる為、地に足が着かない。異能力というのは表沙汰には公表されていないので、子供の前で異能を解く事も出来ない。颯爽と立ち去る彼の後ろ姿が見えなくなるまで、私は子供に遊ばれていた。
昼休憩が少し長引いてしまったが仕方無い。これは緊急事態だし、仕方無い。ギャーギャー騒ぐ安吾の言葉を無視しながら昼休憩に遭った出来事を打ち込んでいく。報告書には「猫を撫でるのが上手い」と書いておいた。

後日、安吾に後輩達が引く位めちゃくちゃ怒られた。