太宰

「すまない。仕事が入ったから少し出てくる」
「分かりました。お帰りはいつ頃に?」
「否、分からん。猫探しを頼まれていてな」
「ね、猫…?」
「嗚呼。」
出勤して間もなくの事であった。神妙な顔をしながら私に近づいてきた織田作さんが、猫探しという任務に行ってしまったのである。そんなに急いでいたのだろうか織田作さんは足早に仕事場から出て行かれてしまい、私に今日の仕事を特に指示も出す事も無く姿を消してしまった。ううん、どうすれば良いのだろうか。割り振られた仕事をこなすだけで精一杯で、右も左も分かっていないペーペーの新人であり、何をして良いのかあまり分かっていない暇を持て余した私は、悩みに悩んだ挙句に彼の割り振られたデスクを見て数少ない書類を拝借させて貰い、自分が出来そうな彼の仕事を肩代わりしていた。織田作さんの任務というのは基本的にボランティアのようなもので、ビル周辺の掃き掃除や重たい荷物を運ぶ手伝い、喧嘩の仲裁、先程言っていた猫探し。そんな程度のものばかりであった。さすがに荷物を運べる程の屈強な身体を持っていないので、とりあえず掃き掃除だけでもやってしまおう。私は箒とチリトリを持って、ビルの周辺に散らばる落ち葉を集めた。

それもある程度の時間があれば終わってしまった。上司である織田作さんはまだ帰ってくる気配が無くマフィアのビルを彷徨いてた時、どこからともなくヒョコッと現れて笑みを浮かべる人物が「名前」と声を掛けてきたので、どうしたのだろうかとその声の主の方に近づいた。
「やあ名前、元気にしてるかい?」
「おはよう太宰君。元気だよ」
「あのチビに付き纏われて無いかい?」
「今はそんなにだよ?」
「正気かい…?」
「???」
彼の名前は太宰治君。彼とは私が羊を裏切ったその日に1度顔を合わせており、最初は特に私に対して興味を示す事は無かったのだが、最近は結構お話してくれるようになった。未だにペーペーな私と首領に近い立場に居る彼が何故気に掛けてくれるのか疑問に思い、以前「何故話しかけてくれるのか」と問うてみれば、彼は「中也の嫌がらせ」と答えた。何に対する嫌がらせかは正直理由に検討が付かないが、恐らく私が居る=中也が近くに居るからすぐに嫌がらせが出来る便利な道具として使われてるのだろう。まあ正直言って別にどう思われてようがそこまで興味は無いが、とりあえず中也を怒らせるのは大変面倒なので辞めて欲しい。中也には友達が居ないから、必然的に捌け口にされるのは私なのだ。話を聞いて貰えるだけで満足するようなので、最近は聞いてるフリをしながら話を右から左へ受け流しているのは本人には内緒だ。
「おや、織田作は一緒じゃないのかい?」
「朝から任務に行ってしまって…」
「何の任務だい?」
「猫探し」
「猫探し」
いつも表情を崩さず、笑みを浮かべている彼がきょとんとした顔で私の言葉をオウム返しした。うん、やっぱそんな反応になるよね、私も最初聞いた時は驚いた。なんだか子供らしい一面が見れて笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ僕達も行ってみようじゃないか」
「え?い、良いのかな」
「僕が許可するよ。さあ行こう!」
「ちょ、」
太宰君が許可しても許して貰えそうも無いのだが、私の腕を引っ掴んでグイグイ引っ張りながら軽い歩調で楽しげに前を歩く太宰君に、ただされるがままに着いて行くだけであった。

「あ、居たよ」
「ほんとだ。織田作さん猫に好かれるんだね」
「織田作は癒やし系だからね」
「そうなんだ、たから猫に好かれるんだね」
「君面白いね」
「ん???」
「何でもなーい」
きっと織田作さんは猫の餌場を張っているだろうから、この辺りの餌場を探してみようと言う事になり、何軒か回った後の所で漸く織田作さんの姿を見つけた。私は特に指示もされず仕事も無いから少し位抜けても大丈夫だろうが、首領の下で働いてる太宰君はそうはいかないだろう。本当に大丈夫なのだろうか、いつも闇を見ている暗い瞳をキラキラ輝かせ、楽しそうに織田作さんを影から眺めてる彼に聞けば、「特に問題無い」と少し不機嫌そうに言われてしまい、それ以上言う事はしなかった。あまり問い詰めたりしないのは、今の状況を少し楽しんでる自分も居るからだ。天然で少し抜けている部分はあるが、身のこなしや銃の扱い方、多方面で私よりも優れている織田作さんが、上司という立場を取っ払って現在猫まみれになっている。ちょっと慌ててる姿を見て少し笑ってしまった
「やっぱ織田作は癒やされる」
「太宰君って織田作さん大好きだよね」
「友人としては好きだよ。織田作と一緒に居て飽きない。」
上司が仕事をしている姿をひとしきり見て太宰君と踵を返す。上司が助けを求めてそうな所を何もせず帰るだなんて、なんと可愛くない部下だろうか。それも太宰君が私の手を繋いでマフィアのビルに戻ろうとしているからである。
彼の腕を振り解いてそのまま助けに向かう事も出来たが、いつもの冷たい空気を身に纏っている彼が、目を輝かせ、温かくてなんとも楽しげに私に話しかけてる人間らしい一面に、なんだか彼を放っておけなかったからだ。
「いやあ、とても有意義な時間だったよ。」
「少し楽しかったね」
「嗚呼、新しい織田作の一面を見れた。フフ、あんなに必死に猫と格闘して、きっと帰ってきたら猫の毛だらけだ」
「コロコロ用意しとく方が良いね」
ゆったりとした足取りでケラケラ2人で笑いながら、ポートマフィアの拠点に戻った。