嫌がらせ

「うーん、またか…」
元々は下っ端の構成員で、生前の織田さんと似たような地位であった。否、織田さんよりかは多少地位は高い方だろうか。仕事の内容も招集されればその場に向かったり、上層部じゃなくても出来そうな仕事を流され、それをこなしていくだけだ。基本的に書類整理ばかりを担当していた私は、突如五大幹部の地位に就いた中也から直々に抜擢された。そんなに出来る人間でも無いので断っていたのだが、まあ彼の横暴さとしつこさは昔から変わらないので何度も何度も勧誘され、最終手段として権力を振りかざしてきたので下っ端の構成員である私が拒否出来るはずもなく、彼の部下にならざるを得なかった。職権乱用である。最初は本当に良いのかと引け腰だったものの、中也が「お前が良いんだ」と言ってくれた事もあり、色々と仕事を任せて貰ってからはそれなりに自信は付いた。現在、異動してから既に1年も経過しており、ある程度仕事も慣れてきた頃である。
そういう経緯で私は彼の下で働いている。五大幹部になる前の彼は、他の人から見た彼は腕っ節も強く異能力も強い、物凄い頼りになる兄貴分であり、元々の世話焼きな性格で他の構成員の相談をよく乗っていたらしい。今は幹部の地位に就いたので周りは遠慮して最近は相談されないようだが。性格も人見知りをしない人なので男女共に人気のようで、下っ端の構成員をやってる時からそれなりに中也の噂は聞いていた。
私にとっては、まあ弟的な存在が抜けずに彼が幹部だとか肩書きも忘れてよく物申してる。特に書類整理だ。元々あまり得意では無かったようで、よく頭を悩ましていたと中也から聞いた事がある。何なら、私が下っ端だった時はごく稀にどうすれば良いのか私の所まで書類を持ってきてアドバイスを求めてきた程だ。反して私は書類整理が得意なので、彼の下に付いてからは彼の分も請け負う事になり、ほぼ丸投げな状況を変えるべく彼に手を付けてない書類を毎度返却する。だが、幹部命令やら何やら言ってくるので職権濫用だと怒ったのは記憶に新しい。私を抜擢したのも、きっと彼にとっては書類整理を押しつけられる体の良い人間だからだろうと今ではそう思う。事実、彼の下で働いてからというものの、ほぼほぼ書類整理しかしていないのである。
そんなこんなで小さい口論をする事が多い。私達からすれば、今も昔も変わらないただのコミュニケーションのようなものなのだが、他の構成員から見てみれば「幹部に逆らう下っ端」という図となるので、私に対してあまり良い印象を持っていないようだ。それに、恐らく首領が合理的な配置換えを考えて下さっていた中、中也が我儘を言って私を抜擢したという噂が流れているのだ。まあ、私を見かければ必ず勧誘してき、そこかしこで騒ぎながら「絶対俺の部下になって貰うからな!」「いや、ならないよ」「なれ!」「ならん」などとそこかしこで押し問答していたらそりゃ目撃している人数も少なくはないだろうし、その1人が五大幹部の人間となれば尚更注目を浴びるだろう。よく首領が受け入れて下さったものだと、首領と少し話をする機会があった時に少し聞かせて貰った。「必ず君を部下にするから彼女の枠を空けていて欲しいと言われた」やら「君じゃないと嫌らしい」やらエリス壌の方を見ながら鼻を伸ばし、色々カミングアウトされたので彼の本気度が伺い知れた。
そんな感じで、私はある意味注目されてるようだ。勿論あまり良い方では無い。現に、ここ1ヶ月程前から色々と嫌がらせの被害にあっている。私の私物に勝手に落書きされたり、物を捨てられたり。丸められた紙には「死ね」やら「消えろ」などとまあ幼稚なものばかり。紙に関しては特に気にしてる事も無いのだが、私物を捨てたり落書きするのは大変迷惑極まりない。今もペンケースに入れていたシャープペンシルが根こそぎ無くなっており、ペンケースの中には折れたカッターの刃が数枚と「死ね」という紙が入っていた。カッターはさすがに危ないだろうと触らないよう慎重に中身をゴミ箱に捨て、何でメモを取るか考えあぐねていた。ペンケースだけ置いて中身だけ取るなどと大変悪質である。そういえば、ペンケースの中には中也から貰ったシャーペンも入っていたはずだ、無くしたとなればきっと彼は機嫌を悪くするだろう。うーん、面倒臭い。どうするべきだろうかと考えていた先、「名前ちゃん」と私の事を呼ぶ男が居た。
「…お疲れ様です」
「お疲れ様。どうしたの?可愛い顔が台無しだよ」
眉間に皺が寄ってる、と私の眉間をトントンと叩いてくるので顔を逸らして指から逃げる。この男は名前も知らない構成員だ。とは言っても、私が覚えるつもりが無いだけなのだが、その男は数ヶ月前からよく私に絡んでくる。恐らく嫌がらせをしてくる奴とは関係無いだろう。私よりかは立場が高いようで、まあつらつらと自慢話をし、私の身体をいちいち触ったりちょっかいをかけてくるのだ。何度も「やめて下さい」と抗議したものの、「俺の方が立場が高い」「そんな事言って良いと思ってるのか」とまあ物凄く言われ、もう諦めの境地に入っている。この男を相手していると物凄く時間も気力も奪われるので、この私の机の上に乗った書類を見てから話しかけて欲しいのだが、まあ男は男の世界で生きているようなので他人の迷惑など意に介さないようだ。実際逆ギレしてくるし。
「ペンを忘れただけですよ」
「俺の貸すよ」
「いえ、結構です。お仕事戻られては?」
「今は休憩中だから問題無いよ」
「そうですか、私は仕事なので」
「は?ちょっと位良いじゃん」
中也のペンでも借りようと席を立とうとすれば、私の腕をガシッと掴んでその場に留まらせる。男は、隣のデスクの椅子を借りて座っており、まあそれなりに居座る気のようだ。早く帰れ、仕事を邪魔するなと遠回しに言っても、まあ脳天気な頭ではそんな発想など無いようで、少し否定的な言葉を使えばキレてくる。これもうパワハラで訴えれるのでは?胃がキリキリ痛むのを感じ「中原幹部がそろそろお戻りになるようなので」と中也の権力を使わせて貰えば、男はそそくさと出て行った。どうやら男は中也があまり好きじゃないようなので、大体こうやって撃退している。ちなみに、中也は任務の都合で丸一日帰ってくる事は無い。改めて中也のデスクからあまり使われてないだろうシャーペンを拝借し、今日はどの書類から片付けるか目を通していった。