体調管理1

時系列的に「小さな彼」と「熱」 以降の話

ポートマフィア加入直後は、お互い所持金が無いという事で隣の音が聞こえる程の薄い壁のマンションを1部屋借りて一緒に住んでいた。羊の時なんかもっと酷い環境に住んでいた時期があったので、雨漏りの無い部屋に住めるだけ有り難かった。それも彼女が16歳になり、1人暮らしをすると宣言して家に出てからは別々に住む事になったのだが、羊の時のように朝から晩まで顔を見たい時に見れるような時間なんてある訳も無く。お互いやるべき事も多い上、身を置いてる部隊も違う為必然的に顔を合わせる事は無かった。仕事で大変な思いはしてないか、体調は崩してないか。色々と気になってよく彼女の自宅に上がり込んでいれば、いつの日だったか「外で待ってたら風邪引いちゃうよ」と合鍵を貰った。週に2、3回は互いの家に上がり込むのが習慣となり、今日も彼女の自宅に足を運ぶ。
基本的に俺が彼女の家に行く方が圧倒的に多い。彼女が俺の家に来るのは俺が体調を崩したりなど、何かしら理由がある時だけな気がする。俺的にはもうちょっと来てくれても良いと思うのだが、それを彼女に言えば「自分の家の方が近いから」と一蹴された。別に泣いてねえ。泣いてなんかねえぞ決して。これは先に家に来た俺が、疲れてるだろう彼女の為に料理してるタマネギが目に滲みてるだけだ。目をゴシゴシとカッターシャツの袖で拭いながら気合いでタマネギを切っていく。今日は中華風の春雨スープ、炒飯だ。手間も時間も他の料理に比べればそんなに掛からないので、腹持ちの良い具材を適当にぶっ込み炒める。もう1品程作りたい所だが、同年代より少し食の細いだろう彼女の胃の事を考えれば恐らく残すだろうし、炒飯を少し多めに作るかと卵を出す為に冷蔵庫をもう一度確認する。奥の方にサラダのパックが鎮座してるのが見えて引っ張り出してみると、消費期限が今日までだったのでこれも出そうと台所に置く。恐らく彼女は昨日一昨日位に買い置きしてたのだろう、どうせ明日になれば捨てないといけないし、要らないと言えば俺が全部食べりゃ良い。手際良く料理を進めていくと、ガチャリと玄関の方から音がした。どうやら帰ってきたようなので火を付けてるコンロを消し、エプロンで手を拭いながら彼女を出迎える。
「おかえり」
「あれ、中也来てたんだ。ただいま」
「おう。」
「今からご飯作るね、ちょっと待ってて」
「否、俺が今作ってるからお前は休んどけ」
「ほんと?ありがと。中也のご飯美味しいから楽しみ」
「ン”ッ…ちょっと待ってろ」
「はあい」
俺の飯が楽しみだと笑みを浮かべながら、そそくさと自室に入っていく彼女を見送りながら台所に戻る。こりゃとびっきり美味いの作らなきゃいけねぇ。コンロの火を付け気合いを入れてフライパンを持つ。その間に彼女は部屋着に着替えたようで、そのまま風呂場の掃除や洗濯物の取り込みなどをこなしていく。彼女が他の家事をこなしていく間に飯の用意が出来たので、ソファに座りながら洗濯物を畳んでる彼女に「飯出来るぞ」と声を掛けるとる。すると彼女は、膝に置いてるタオルを脇に置きこちらに近づいて皿の用意をしてくるので、それの皿に飯をよそえば彼女がテーブルに並べてくれた。お互い食卓に着き、今日の仕事は忙しかったやらニュース番組がどうやら他愛の無い会話をしながら飯を口に運ぶ。
「…ご馳走様」
「あ?もう良いのか?」
「うん、お腹一杯で…残しちゃってごめんなさい」
「否、構わねえよ。貸せ、俺が食う」
「ん。」
今日は一段と飯を残した彼女の残りを胃に入れていく。雑談の返事もあまりキレが良くなかったし、体調でも悪いのかと聞いてみれば特に問題は無いと言う。もしかしたら寝不足だからかも、と笑みを浮かべる彼女に納得と少しの違和感を感じながら、さっさと寝かせようと炒飯を頬張り、皿洗いをしてる彼女から仕事を奪う。彼女の家には乾燥機はあれど食洗器は無い為、全て手洗いだ。買わないのかとだいぶ前に問うたが「いつか買う」と言って今に至る。今度食洗器でもプレゼントするか、彼女に送る物リストを頭で更新しながら、残りの皿を洗う。彼女はソファで気になる番組だったのかそちらに熱中しており、手に持つ洗濯物は全く畳まれる気配が無い。こりゃ洗濯物も手伝うかと乾燥機に食器を並べてタイマーを押す。彼女の隣に座り、たんまりある洗濯物を1つ取った。

「自分は長風呂だから先に入ってくれ」と言われたので、先に風呂に入らせて貰う事となった。今は片手に水を持ちながらタオルで頭を乱雑に拭き、ソファで寛いでいる。特にめぼしい番組が無かったので、そのまま点いていたバラエティ番組を見ながら彼女が風呂に入ってる時間を潰す。こういうのんびりした時間も悪くねぇな、ぼーっとテレビを見ていた時、風呂場の方からドンッと物凄い音がリビングまで響いた。シャンプーの類でも落としたのだろうか?驚きのあまりドクドク脈打つ心臓を深呼吸して落ち着かせながらテレビに視線を向けた。

それにしても遅く無いか。彼女が風呂に入って恐らく1時間は経過してるだろう。それに、先程の物凄い音がしてからずっとシャワーの音が途切れてない気がする。おいおい、ざっと20分は経過してるぞ。さすがに気になり風呂場に向かい、脱衣所から声を掛けた
「おい、名前」
返事は無い。シャワーの音で聞こえないのか、もう一度声を張り上げてみる
「名前」
返事は無い。風呂場の扉をノックして声を掛けてみる
「名前?」
それでも返事は無い。こりゃ中で倒れてるのでは?扉をドンドン叩き、しきりに彼女を呼ぶがそれでも返事が無かった。
「おい、入るぞ!」
そう声を掛けても返事が無いので恐る恐る扉を開ける。シャワーの蒸気によってムワリと広がる熱と湿気に顔を歪ませながら、視界を凝らした。
「おい、おい名前!?大丈夫か!?おい!」
彼女は意識を失い、床に倒れていた。クソッさっきの物音はこいつが倒れた音だったのか。すぐに気づけなかった罪悪感など負の感情にグルグル心がかき乱され、思わずギリッと歯を食いしばりシャワーを止めてバスタオルで彼女の身を包む。決して、決して裸なんて見てない。つーかそんな事を考えてる暇もねぇだろ莫迦。意識の無い彼女を抱き上げ、適当な服を引っ掴んで着せ、夜間営業している病院まで車を走らせた。

「過労と栄養失調による風邪でしょう。お薬出しときますね。点滴が終わったら帰って大丈夫です。」
「そうですか…」
「あまりに熱が下がらないようでしたらまた来て下さい。お大事に」
「ありがとうございます」
病院に駆け込んで診察して貰えば、ただの風邪だと言われてホッと胸をなでおろす。重篤な病気じゃないだけマシだが、これが俺が居なかったら発見が遅れていたと思うと肝が冷える。金を支払い処方された薬を受け取って彼女の元に行けば、既に点滴は終わっていたようだ。俺よりも軽い彼女の身体を抱きかかえ、車に移動した。