再び4

まだ仕事が残ってはいるが、まあ明日に回しても大丈夫だろうと判断した俺は、先に帰らせて貰う事にした。首領の計らいで外回りの任務は他の奴に回して貰ったので当面は彼女の世話に費やせるだろう。とは言っても、ただの構成員である彼女と違い幹部である俺は緊急任務が入った時はそちらに向かわないといけないのだが、まあ頭の良い名前であれば特に問題は無いだろう。駐車場に向かって車の助手席に彼女を乗せ、俺も乗り込み車を発進させた
「車だ…」
「おー、そうだぜ」
「ちび君運転出来るの?それとも異能力で動かすの?」
「まあそれなりに運転出来るぜ、異能力では動かさねえよ」
「免許取りに行ったんだよね?いつ?今から何処に行くの?この車って外車?高いんだよね?売ればいくらに」
「落ち着け落ち着け、売らねえからな?」
「あ、ごめんなさい…」
「否、責めてる訳じゃねえ。つっても、外車ってよく分かったな。前々から頭が良いと思ってたが、何処で知識付けてきたんだ?」
「お家にたくさん本があったから基本的にはそこかなぁ。車についてはお父さんが車好きだった。」
家や父親という単語が出てくる言葉の受け答えから考えれば、彼女は捨てられた子供なのだろうか。俺が餓鬼の頃は知識も喋る言葉も理解していなかったので、会話が出来るようになってからは聞くタイミングなんて早々無く、こいつの出で立ちというものは長年一緒に居る俺でもよく知りやしなかった。
「ふーん、お前は車、好きじゃないのか?」
「…あんまり。」
「酔っちまうとかか?」
「否、私が捨てられた時に使われたから。ところで、今から何処に行くの」
「は、ッ…安心しろ、俺の家だ。」
「ほんとに?」
「おう。大丈夫だ、俺がお前を捨てる訳ねえだろ」
「…そっか」
やっぱり彼女は捨て子だったようだ。淡々とした口調と何の感情も映してないその横顔に、片手で頭を撫でながら車を運転する。「危ないよ」と抗議する彼女に感情が戻った事を確認してほっと胸を撫で下ろす。ったく本当7歳のする表情じゃないだろ本当。異能力で若返ってしまった今だけでも、彼女の楽しい記憶を増やしてやろうと決意した。
「その年で本とか結構読んでたのか?」
「うん、お外で遊ぶのは好きだったけど、本読んでる方が楽しかったから」
「そうか。何か欲しい本とか無いか?」
「別に無い」
「んじゃあ、何処か行きたい所とかは」
「そこまで…」
「食べたい物とかは?」
「あ、の…えっとね、温かいお味噌汁、とか」
「いっぱい作ってやる…」
ほんっとこいつ、ほんっとこいつは。味噌汁なんてたっくさん作ってやるに決まってるだろうが。この頃からあまり物欲というものが無い彼女に心が痛む。もしかしたら書店に行けば欲しい本があるかもしれない、どの道職場に連れて行けば俺はその間仕事だし、欲しい本が無くても暇するであろう彼女に適当に買い与えれば良い。「俺の家に行く前に本屋行くぞ」と声を掛けて近場の書店まで車を走らせた。

書店に入ると、彼女の顔つきが少し変わった。本当に本が好きなのだろう、繋いだ手を控えめに引っ張られながら「凄いいっぱいあるね」とキラキラした目で俺の顔を見る。可愛いじゃねえか。「欲しいもんあれば言えよ」と声を掛けながら彼女が行きたい方に着いて行く。それにしても、餓鬼ならばそのまま駆け出したりするのかと思えば俺からあまり離れようとはしない。彼女の足のコンパスを考えれば、別に駆け出されてもすぐ追いつけるだろうから「行きたい所行って来て良いぞ」と手を離そうとするが、彼女は手を離そうとしない。「ちび君はぐれちゃうから手離したら駄目だよ」と言われてしまい、もう何も突っ込まねえぞとこいつの言われるがままに手を引かれて着いて行った。
「凄い…いっぱい…凄い…」
「まあ書店だしな」
「この作者さんの本は全て面白かった…この人も評判だった気が…ん?ミステリー?わあ、表紙綺麗…」
「そうだな」
「ホラー系かぁ。後味悪い物多かった気が…ん?推理小説?そういや読んだ事無いかも…」
「おー」
「あ、ごめんなさい、ちび君は何買いに来たの?」
「否、特にこれってのはねえよ。お前が欲しい本あるならそれ買いに来ただけだ」
「え、え、っと…うんん…」
買い与えると言えば先程の楽しそうな表情と打って変わって、困惑した表情に変わってしまった。餓鬼なんだし遠慮なんかしなくて良いのに、やはり今までの環境の影響なのかこいつは言い淀んでしまい「これが欲しいから買って」とは言ってくれない。彼女と視線を合わせる為に隣にしゃがんで本を物色する。
「金なら気にするな、これでも稼ぎは良い方だ。」
「で、でも」
「これと、後これとか気になってたか?」
「あの…」
「どうした?」
「…お金はちび君の物だから」
「はぁ〜…お前もっと欲張って良いんだぞ。」
貧民街の時は節約してなんぼって感じだったので、娯楽用品なんか買える事など無かったのは事実だ。だが、こいつは異常に気にしすぎてる気がする。少しでも不安が拭えればと彼女の背中をポンポン叩きながら、何か良い案が無いか考える。
「お前が読みたい本、俺にも読ませてくれねえか?」
「え?」
「俺、あんま本とか読まねえからよ。ちょっと気になった」
「確かに言葉の言い回しのお勉強、必要だよね…」
「うっせ」
「あ、のね、これと、これ、後これとこれ、これも気になるし…これも」
「おーいっぱいあんな」
「ご、ごめんなさい、1冊に絞るから待ってね」
「否、俺もそれ全部気になるわ。」
俺が考えた作戦は功を成したようで、彼女が指差した本を全て取ってレジに向かう。彼女は「ああ、お金が、ああ」と慌てながら着いてくるのを確認しながら、レジカウンターに本を置く。ポケットから財布を出してると、彼女がカウンターに置かれた本に手を伸ばしてくるので、届かないように本を少し奥に押して彼女の頭を撫でながら「俺が気になる本だ」と言えば「でも、」と抗議し始める。言い分と受け流しながらカードで支払って書店を出れば、彼女は静かに俺の後ろを着いてきた。
「ほらよ、お前が先に読め」
「ごめんね」
「俺が読みたいって言っただろ?選んでくれてありがとな」
「…ちび君」
「ん?」
「あ、りがと」
「おう」
頬を染めて心底嬉しそうな表情をする彼女に、買い与えて良かったと心底思った。