番外編B 胸のざわめきの理由は

高専での用件は、思っていたよりも早く片付いた。
提出物を出して、建物の中の廊下を抜け、玄関ホールへ向かう。
ガラス越しの光は、もう少し傾いている。
靴を履き替えて外に出ようとしたところで、反対側から白い頭が現れた。
五条と、危うくぶつかりそうになる。

「あれ。もう終わり? 今日は早いじゃん」
「さっきまで報告してました。五条さんは?」
「んー、暇。珍しくね」

そう言って、五条はそのまま外に出ていく。
私も、その流れで並んで歩く。
夕方の空気は、思ったより少しひんやりしている。

「最近、任務多くない?」
「それなりには」
「ちゃんと寝てる?」
「……一応」
「えらいえらい」

適当に言って、五条は笑う。
校舎の脇の道を歩きながら、また話が続く。

「この前の現場、どうだった?」
「ああ……正直、面倒でした」
「でしょ。ああいうの、考えるの疲れるんだよな」
「五条さんが言うと、説得力ありますね」
「でしょ?」

少し笑う。
高専の門の方へ向かって歩いていると、五条がふと空を見上げた。

「今日は天気いいね。帰るにはちょうどいい」
「……そうですね」

それだけ言って、また歩く。
門の近くまで来たところで、少し先に、壁際に立っている七海の姿が見えた。
腕を組んで、こちらを待っている。

「あ、七海。お疲れ」

五条が軽く手を挙げる。

「ちょっと話してただけ。もう返すよ」
「……そうですか」

七海は、私を一度だけ見てから、五条に視線を戻す。

「……では、失礼します」
「うん。またね。気をつけて」

五条はそれだけ言って、そのまま敷地の反対側へ歩いていった。
私は七海のところへ行く。

「……五条さんと、話していたんですね」

七海が言う。

「ええ。玄関で会ったので、そのまま少し」
「……そうですか」

それだけ言って、歩き出す。
私も並んで、帰り道の方へ向かう。
夕方の空気は、さっきよりもはっきりと冷たい。
しばらく、無言で歩く。

「……楽しかったですか」

不意に、七海が聞く。

「え?」
「……話していたでしょう。楽しかったか、と」

少しだけ考える。

「……普通、です。仕事の話とか、愚痴とか話してただけなので」
「……そうですか」

それ以上は、何も言わない。
信号の手前で、七海は自然に立ち位置を変える。
私を内側にして、車道側に立つ。
それから、何気ない動作で、私の手に触れる。
そのまま、指を絡めて、握る。
強くはない。
でも、ほどく気のない力。

「……今日は、少しだけ、こうしていましょう」
「……珍しい、ですね?」

そう言うと、七海は一瞬だけ視線を逸らした。

「……気にするようなことではない、とわかってはいるんですが」

一拍。

「……ただ」

少しだけ、言いにくそうに間が空く。

「……あまり、落ち着かない光景ではありました」

信号が変わる。
二人で、横断歩道を渡る。

「……嫉妬、ですか」
「……そう分類されるのでしょうね」

淡々とした声。

「……すみません。あまり、格好のいい感情ではなくて」
「そんなこと、ないと思いますけど」

そう言うと、七海は、ほんの一瞬だけこちらを見た。

「……そう言ってもらえると、助かります」

少しだけ表情を緩ませて、それきり、また前を見る。
でも、手は離さない。
歩く距離も、さっきよりずっと近い。
夕暮れの街の中で、七海の手の温度は、はっきりとわかるくらい、そこにあった。

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