4.朝の風景

翌朝、ソファーに眠っている七海を見つけたとき、胸の奥が少しだけきゅっとなった。
部屋着のまま。
眼鏡はテーブルの上。
ネクタイもなくジャケットもなく、ただ少しだけ、無防備な姿。

「……」

昨日の夜、私はいつの間にかベッドで眠っていた。
移動した記憶がない。
ということは――。

「……私のせい、ですよね」

そう思いながら、気づけばそっと近づいて、しゃがみ込んでいた。
眠っている七海の顔は、驚くほど静かだった。
いつもより、ずっと柔らかい。
睫毛長いな、とか。
眉の形きれいだな、とか。
そんなことを考えながら、少しだけ顔を近づける。
起こさないように、でも、見ていたくて。

「……」

そのとき、七海の眉がわずかに動いた。
次の瞬間、ゆっくりと目が開く。

「……」

数秒、視線が合う。
それから、まだ少し眠気の残った声で口にした。

「……顔が、近い」
「――っ!?」

慌てて身を引こうとした、その瞬間。
七海の手が、そっと私の手首に触れた。
強く掴むでもなく、止めるだけの軽い力。

「……」

七海は、少しだけ体を起こす。
視線が、外れない。

「……」

一瞬、迷うような間。
それから――今度ははっきりと、七海がこちらに顔を寄せてくる。
唇が触れる。
昨日の夜よりも、ほんの少しだけ長い。
深くもないし、強くもない。
ただ、「おはよう」の代わりみたいなキスだった。
すぐに、離れる。

「……」
「……」

お互い、何も言えなくなる。
七海は少しだけ視線を逸らして、低い声で言った。

「……不意打ちは、フェアではありません」
「の、のぞいてただけです……!」
「距離が近すぎます」
「七海さんが引き寄せたんじゃないですか……」

そう言うと、七海は一瞬だけ言葉に詰まった。

「……それは」

少し考えてから、小さく笑う。

「……否定はしません」

胸の奥が、じわっと熱くなる。

「……それより」

七海は立ち上がって、少しだけ姿勢を正す。

「朝食を用意します。顔を洗ってきてください」

いつも通りの、少し事務的な声。
でも耳が、ほんのり赤い。

「……七海さん」
「なんですか」
「……ソファー、寝づらくなかったですか」
「……多少は」

短く答えてから、キッチンに向かいかけて足を止める。

「……ですが」

少しだけ、間を置いて。

「あなたがよく眠れていたなら、それで十分です」

七海はそれだけ言って、キッチンへ向かった。
私は一拍おいてから、後を追った。
朝の光が、さっきより少しだけ眩しく見えた。

prev >> list << next