部屋着のまま。
眼鏡はテーブルの上。
ネクタイもなくジャケットもなく、ただ少しだけ、無防備な姿。
「……」
昨日の夜、私はいつの間にかベッドで眠っていた。
移動した記憶がない。
ということは――。
「……私のせい、ですよね」
そう思いながら、気づけばそっと近づいて、しゃがみ込んでいた。
眠っている七海の顔は、驚くほど静かだった。
いつもより、ずっと柔らかい。
睫毛長いな、とか。
眉の形きれいだな、とか。
そんなことを考えながら、少しだけ顔を近づける。
起こさないように、でも、見ていたくて。
「……」
そのとき、七海の眉がわずかに動いた。
次の瞬間、ゆっくりと目が開く。
「……」
数秒、視線が合う。
それから、まだ少し眠気の残った声で口にした。
「……顔が、近い」
「――っ!?」
慌てて身を引こうとした、その瞬間。
七海の手が、そっと私の手首に触れた。
強く掴むでもなく、止めるだけの軽い力。
「……」
七海は、少しだけ体を起こす。
視線が、外れない。
「……」
一瞬、迷うような間。
それから――今度ははっきりと、七海がこちらに顔を寄せてくる。
唇が触れる。
昨日の夜よりも、ほんの少しだけ長い。
深くもないし、強くもない。
ただ、「おはよう」の代わりみたいなキスだった。
すぐに、離れる。
「……」
「……」
お互い、何も言えなくなる。
七海は少しだけ視線を逸らして、低い声で言った。
「……不意打ちは、フェアではありません」
「の、のぞいてただけです……!」
「距離が近すぎます」
「七海さんが引き寄せたんじゃないですか……」
そう言うと、七海は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……それは」
少し考えてから、小さく笑う。
「……否定はしません」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「……それより」
七海は立ち上がって、少しだけ姿勢を正す。
「朝食を用意します。顔を洗ってきてください」
いつも通りの、少し事務的な声。
でも耳が、ほんのり赤い。
「……七海さん」
「なんですか」
「……ソファー、寝づらくなかったですか」
「……多少は」
短く答えてから、キッチンに向かいかけて足を止める。
「……ですが」
少しだけ、間を置いて。
「あなたがよく眠れていたなら、それで十分です」
七海はそれだけ言って、キッチンへ向かった。
私は一拍おいてから、後を追った。
朝の光が、さっきより少しだけ眩しく見えた。