あくまでおかしなロマンチカ



「……ねえ、それ僕じゃない?」

不意に背後から声がして、私は反射的にスマホを伏せたけれど、遅かった。画面を覗き込んでいた悟くんが、にや、と口元を緩める。

「今の待ち受け、僕だったよね?」
「……違う」
「いや僕だったじゃん。見間違えるわけないでしょ、自分の顔」
「違う」
「なんで2回言ったの」

楽しそうな声がすぐ耳元でする。こうなった悟くんはしつこい。わかっているのに、見られた恥ずかしさで私は顔を上げられなかった。
付き合っているのだから、別におかしなことではないと思う。思うけれど、恥ずかしさと若干の悔しさが拭えない。

「そんなに僕のこと好きなんだ?」
「もういいでしょ」
「よくない。ね、もう一回見せて」
「嫌です」
「なんで。僕本人だよ?」
「本人だから嫌なの」

スマホを奪おうと伸びてきた手を避けると、悟くんはますます面白そうに笑った。

「そうやって、毎日僕の顔見てるんだ」
「悟くん」
「朝起きて僕。時間見るたび僕。寝る前にも僕」
「……もう変える」
「あ、照れた」
「今すぐ変えちゃお」
「それはダメ」

今度こそスマホを取り上げられてしまった。

「あっ」
「いいじゃん。これ僕も気に入ってる」

勝手に画面を点けて満足そうに眺めている。
それは以前、二人で出かけた時に撮った写真だった。アイマスクではなくサングラスをかけていて、こちらを見て笑っているもの。私が撮ったものだから、当然悟くんしか写っていない。

「返して」
「やだ」
「なんで」
「彼女のスマホの待ち受けに僕がいるの、嬉しいから」

あまりにもあっさり言うから、私は言葉に詰まった。散々からかっていたくせに、心底愛おしそうに言われて、思わず顔が熱くなる。

「……じゃあ、からかわないでよ」
「だって照れてるなまえかわいいんだもん」
「本当、性格悪い」
「知ってるよ」

私が悪態をついても悪びれもしない。むっとして睨むと、悟くんは笑いながらようやくスマホを返してくれた。

「そんなに言うなら、悟くんは何にしてるの」

意趣返しのつもりだった。どうせ初期設定のままだとか、適当な風景写真だとか、そんなものだろうと思っていた。

「僕?」

悟くんはポケットから自分のスマホを取り出した。

「見る?」
「うん」

差し出された画面を覗いてみると、思わず固まってしまう。

「え」

そこにいたのは、私だった。カフェのテーブルで頬杖をついて、窓の外を見ている。もちろん撮られた覚えなんてないもので、カメラを意識していないせいか、ひどく無防備な表情をしている。

「なにこれ」
「なまえ」
「それはわかるけど」
「僕の待ち受け」
「それもわかる」

要領を得ない悟くんののらりくらりとした答えに、口元が少し引きつってしまう。

「いつ撮ったの?」
「んー? 3ヶ月くらい前?」
「なんでこんなの待ち受けにしてるの」
「かわいいから」

こちらが恥ずかしくなるくらいの即答ぶりだった。悟くんは何でもないことのようにスマホをポケットへ戻そうとする。

「待って」
「なに?」
「いつから私を待ち受けにしてるの?」

悟くんはきょとんとして、数回ぱちぱちと目を瞬かせた。

「付き合った日からだけど?」
「……付き合った日?」
「うん」
「ずっと?」
「そうだよ?」

今度は私が何も言えなくなった。さっきまであれだけ人のことをからかっていたのに、悟くんの方がよっぽどだった。

「……写真、変えてないの?」
「ああ、これは最近変えたやつ」
「最近?」
「待ち受け自体はずっとなまえ。写真はちょいちょい変えてるよ」
「…………」

嫌な予感がした。

「悟くん」
「はい」
「私の写真、何枚あるの」

一瞬だけ、彼の目が泳ぐ。最強にも答えにくい質問はあるらしい。

「……いっぱい?」
「いっぱいって何枚」
「枚数ってそんな重要?」
「重要です」
「愛は数字じゃ測れないっていうか」
「いいから何枚か教えて」

しばらく黙ったあと、悟くんは観念したようにスマホを操作した。

「じゃ、見る?」

開かれた写真フォルダを覗いて、私は絶句した。

「……なに、これ」

そこにあったのは、全部私の写真だった。悟くんと一緒に写っているものもあるけれど、圧倒的に多いのは私一人のもの。
食事をしているところ。買い物をしているところ。ソファで眠っているところ。髪を結んでいるところ。ゲームに夢中になっているところ。恐ろしいことに、そのほとんどに撮られた記憶がない。

「……何枚あるの?」
「ン千枚」
「ン千枚!?」

思わず顔を上げると、悟くんはけろっとしていた。

「だってなまえ、僕が見てない時もかわいいんだもん」
「完全に盗撮じゃん」
「彼氏による愛情記録です」
「言い換えても盗撮だよ」
「あ、これ見て」

悟くんはまったく聞いていない。嬉しそうに一枚の写真を開く。

「これなんか僕見つけて笑った瞬間のやつ。かわいすぎない?」

画面の中で私は、少し離れた場所を見ながら笑っていた。たぶん、その先に悟くんがいたのだろう。

「こっちは寝てるやつ。あとこれ、この前パフェ食べてた時。めっちゃ幸せそう」
「え、もういい」
「待って、まだあるから。これもかわいいし」
「見せなくていいから!」

取り上げようとしたスマホを、悟くんがひょいと頭上へ逃がす。が、身長差がありすぎて届かない。

「悟くん!」
「何?」
「消してってば!」
「やだ」
「せめて変な顔のやつは消して!」
「変な顔なんかないけど」
「あるでしょ!」
「ないよ。全部かわいい」

当然のように言われて、また言葉に詰まる。この人は、こういう時だけずるい。散々からかって、好き勝手写真を撮って、そのくせこちらが怒れなくなるようなことを平然と言う。

「……私の待ち受け見て、あんなにからかったくせに」

ぼそっと言うと、悟くんは笑った。

「だって嬉しかったんだもん」
「嬉しかったら普通は喜ぶでしょ」
「喜んでるよ? めちゃくちゃ嬉しかった。なまえも僕のこと待ち受けにするくらい好きなんだなーって」

そう言って、後ろからぎゅっと抱きつかれる。肩に顎を乗せた悟くんが、私の手の中にあるスマホを覗き込んだ。画面には、相変わらず笑っている彼がいる。

「変えないでね、それ」
「……どうしようかな」
「えー」
「散々からかわれたし」
「じゃあ僕も変える」
「何に?」
「もっとかわいいなまえ」
「そういう意味じゃない」

笑いながら振り返ると、悟くんも笑っていた。その顔を見て、ふと思う。私のスマホには、好きな人の写真が一枚。彼のスマホには、私の写真がン千枚。なんだか負けたような気がして、少し悔しくなってきた。

「……私ももっと撮ろうかな」
「僕を?」
「うん」

そう答えた瞬間、悟くんの顔がぱっと明るくなった。

「撮って撮って。いくらでも撮らせてあげる」
「なんでそんな嬉しそうなの」
「だってなまえのスマホ、僕でいっぱいになるんでしょ?」

嬉しいに決まってるじゃん、と笑う。そのまま私の手からスマホを取ると、勝手にカメラを起動して私たち二人へ向けた。

「ほら、1枚目」
「ちょ、待って。今?」
「今がいいの」

頬を寄せられる。シャッター音が鳴った。画面の中には、楽しそうに笑う悟くんと、少し困った顔で、それでも笑っている私がいた。

「これ待ち受けにしよ」
「悟くんの?」
「両方」
「勝手に決めないで」
「お揃いじゃん」

そう言って、また嬉しそうに笑う。
結局、私よりずっと、悟くんの方が浮かれている。付き合った日からずっと。そしてきっと、これからもそうなんだろう。


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