きみのとくべつを、ぼくに頂戴



※ホストパロになります。五条・夏油が同じホストクラブで働いている設定です。
※捏造・独自設定を含みます。



「一回くらい行ってみようよ」

そう友達に誘われて、深く考えずに頷いたのが始まりだった。
ホストクラブなんて、なまえは自分には縁のない場所だと思っていた。テレビやSNSで見たことはあるけれど、実際に足を踏み入れることになるなんて考えたこともない。
けれど、一度くらいなら。友達も一緒だし、少し覗いてみるくらいなら大丈夫だろう。そう思っていた。

「……すごい」

店に入った瞬間から、もう帰りたくなった。きらきらと光を反射するシャンデリア。耳慣れない賑やかな音楽。華やかに着飾った女の子たちと、その隣で楽しそうに笑う男の人たち。誰も彼も、この場所にいることに慣れているように見えた。
それに比べて自分は、どうにも場違いだった。友達の隣に座りながら、落ち着かなくて膝の上で指を組む。やっぱり来るんじゃなかったかもしれない。そんなことを考えていた時。

「こんばんは〜」

頭上から声が降ってきて、顔を上げる。白銀の髪に、サングラス越しに輝く青い瞳。すらりとした長身に質のいいスーツを嫌味なく纏っている姿を見て、一瞬、なまえは本当に息が止まった。
こんな人、現実にいるんだ。
ぼんやり見つめてしまったこちらに、男の人は慣れた様子でにこりと笑った。

「悟でーす。よろしくね」
「……よろしく、お願いします」

どきどきと早鐘を打つ心臓を押さえながら、なんとかそれだけ返す。すると、彼――悟は少し目を細めた。

「あれ、緊張してる?」
「え」
「顔、固いよ」

くすくす笑われて、一気に頬が熱くなる。恥ずかしくなって、なまえは顔を隠した。

「す、すみません」
「なんで謝んの」

また笑われる。けれど、柔らかく見つめられて、不思議と嫌な感じはしなかった。
もっと近くに座られるのかと思って身構えていたけれど、悟は一定の距離を空けたままだった。肩に触れたり、不躾に顔を覗き込んだりもしてこない。

「こういう店は初めて?」
「はい」
「じゃあ今日は、友達についてきただけなんだ?」
「そうです。一人だったら、多分来られなくて」
「あはは。そんな緊張する?」
「します……」

素直に答えると、悟は少しだけ考えるようにこちらを見た。

「そっか。じゃあ今日は緊張する間もないくらい、楽しませてあげるね」

あまりにもさらっと言われて、なまえは返事に困った。こんな台詞を、彼のように魅力的な人から言われることなんて、この先の人生で二度とない気がするくらいだった。
けれど、悟は本当に話すのが上手だった。無理になまえのことを聞き出そうとはしない。話せばちゃんと聞いてくれて、黙れば今度は自分の話をする。いつの間にか、最初ほど周囲のきらびやかな雰囲気も気にならなくなっていた。

「それ、ほんと?」
「本当です」
「絶対冗談でしょ」
「本当ですよ」
「じゃあ証拠見せて」
「なんでですか」

思わず笑ってしまう。その瞬間、悟がふっと黙った。

「……?」
「いや」

少しだけ目を細めて、またいつもの笑顔になる。

「やっと笑ったなって」

言われて初めて、なまえは自分が随分緊張していたことに気がついた。楽しい。彼と一緒にいて、素直にそう思った。
だから帰る頃には、最初に感じていた息苦しさも随分薄れていた。

「楽しかった?」

出口まで見送ってくれた悟に聞かれて、なまえは頷く。

「はい。すごく」
「よかった」

彼が嬉しそうに笑う。

「じゃあ、またおいでよ」
「……」

そこで、言葉に詰まった。

「ん?」

首を傾げられて、言いにくさが増す。けれど、次も来るつもりがあるような顔をするのも違う気がした。

「多分……もう来ないと思います」
「え?」

悟が目を丸くした。あまりにも意外そうな顔をするから、慌てて両手を振る。

「違うんです。今日が嫌だったとかじゃなくて」
「……うん?」
「悟さん、とても素敵なんですけど……」

途端に、なぜか彼が少し嬉しそうになる。

「うん」
「私、こういう場所ってすごく緊張しちゃって。ずっとふわふわしちゃうっていうか、落ち着かなくて……」

自分で口にすると、なんだかひどく子どもっぽい理由に聞こえた。俯いて、自分の指先を見る。

「楽しかったんです。でも、たぶん私には向いてないのかなって」

今日が楽しくなかったわけではない。むしろ逆だ。悟と話している時間は楽しかった。格好良くて、話も上手で、こちらが緊張していることにもすぐ気づいてくれて。こんな人と話せたこと自体、夢みたいだった。だからこそ、今日だけの思い出にしておくのが一番綺麗になるような気がした。

「今日は、本当にありがとうございました」

ぺこりと頭を下げる。顔を上げると、悟はまだこちらを見ていた。

「……僕、素敵なんでしょ?」
「えっ」
「今言ったじゃん」
「は、はい」
「じゃあまた来ればいいのに」

あまりに当然のように言われて、瞬きをする。

「でも、緊張するので……」
「……」

今度は、悟が黙った。少しだけ不満そうというか、残念そうにも見えたけれど、すぐにいつもの綺麗な笑顔に戻った。

「そっか。わかった。じゃあね」
「はい。ありがとうございました」

悟は最後まで優しい人だった。
店を出てから、友達に「どうだった?」と聞かれて、胸元を押さえる。まだ少しだけ、心臓が速い。

「すごかった」
「何が?」
「あんな人、本当にいるんだね」

友達が笑う。自分でもおかしなことを言っていると思う。夢みたいなひとときだった。きっと明日になったら、今日のことを思い出して一人で恥ずかしくなったり、嬉しくなったりするのだろう。だけど、もう会うことはない。
――その時のなまえは、本当にそう思っていた。


*


「ねえ、傑」

客を見送ったあと、悟は控室のソファへ深く身体を沈めた。

「何だい?」
「僕さ」

スマートフォンを弄りながら、ぽつりと言う。

「もう来ないって言われたの、初めてなんだけど」

一瞬の沈黙。そのあと、傑が肩を揺らした。

「それは残念だったね」
「笑ってんじゃん」
「だって君がそんな顔をするのは珍しいから」
「別にそんな顔してないし」

していないはずだった。そもそも、客なんて毎日のように入れ替わる。指名されることにも、好意を向けられることにも慣れている。一度来て二度と来ない客だっている。そんなことをいちいち気にしたことはなかった。それなのに。

「僕が嫌だったわけじゃないんだって」
「へえ」
「素敵だって言ってたし」
「うん」
「僕に会うと緊張するんだって」
「随分好かれているじゃないか」
「でしょ?」

当然のように答えてから、悟は眉を寄せた。

――だったら、なんでもう来ないんだよ。

自分でもおかしなことを考えていると悟は思う。客が店に来る理由なんて、それぞれだ。逆に、来なくなる理由だっていくらでもある。
そもそも彼女は、最初からホスト遊びが好きなわけではなかった。ただ友達についてきただけ。それなら一度きりで終わったって、何も不思議じゃない。
なのに悟は、さっきから何度もスマートフォンを開いていた。店で交換した連絡先。そこには彼女から届いた短いメッセージが一つだけ残っている。

『今日はありがとうございました。とても楽しかったです』

礼儀正しくて、かわいらしい文章だ。その下には何もない。自分への称賛も、次に来る日付も、また会いたいという言葉も。

「……変な子」

画面を伏せる。けれど数分もしないうちに、また見てしまう。

『今日はありがと。ちゃんと帰れた?』

送信すると、すぐに既読がついた。

『はい。無事帰れました! 悟さんもお仕事頑張ってください』

「……」
「嬉しそうだね」

向かいから聞こえた声に、悟は顔を上げた。

「別に」
「口元緩んでる」
「うるせえ」

傑は笑いながら、自分のグラスを傾ける。悟はもう一度画面を見る。そこで指が止まった。もう一通くらい、送ってもいいだろうか。いや、客に連続でメッセージを送るなんて、別に珍しいことではない。悟は迷う必要なんてないとばかりに文字を打った。

『今日は緊張してたけど、最後は結構笑ってたよね』

少ししてから、返事が来る。

『悟さんがたくさん笑わせてくれたので』

悟はすぐに、

『僕も楽しかったよ』

と送った。そこまで送って、ようやくスマートフォンを離す。

「随分気に入ったみたいだね」
「……まあ」
「認めるんだ」
「かわいかったし」

それだけだ。そう悟は思っていた。


*


翌日にも、悟からメッセージが来た。

『今日仕事?』

さらにその翌日。

『昨日ちゃんと寝た?』

その次の日には、

『この前言ってた店見つけた』

と、何気ない写真まで送られてきた。
最初のうちは、さすが人気のホストは営業も丁寧なんだなとなまえは思っていた。一度しか店に行っていない自分にまで、こんなにこまめに連絡をくれる。大変な仕事だ。だからこちらも、失礼にならないように返した。

『今日は仕事でした』
『ちゃんと寝ましたよ』
『そこ気になってたところです!』

そうしているうちに、悟からの連絡は少しずつ日常になっていった。

『今日めちゃくちゃ暑くない?』
『今何してる?』
『僕今日暇』

店の話はほとんど出てこない。いつ来るの、とも言われない。それが少し不思議だったけれど、ホストにはホストなりの営業方法があるのかもしれない。しつこく店へ誘わないことで、逆に来やすくする、とか。よく分からないけれど、きっとそうなのだろう。
そう思っていたある日のこと。

『明日暇?』

いつものように悟からメッセージが届いた。

『午後なら』
『じゃあ会お』

思わず画面を二度見した。店へ来い、ではない。会おう、と。

『お店に行くってことですか?』

すぐに電話がかかってきた。

「もしもし?」
『なんでそうなんの?』

開口一番、呆れた声を出された。

「え」
『普通に会おって言ってんの』
「……外で?」
『そう』
「私と?」
『ほかに誰がいんの』

言われて、困った。ホストがお客さんと店の外で会うことだってあるのだろう。きっとこれも営業の一種だ。そう考えながら、

「……いいんですか?」

と聞く。

『僕が誘ってんだけど』

少し笑った声がする。

『じゃ、明日ね』

電話が切れたあとも、しばらくスマートフォンを耳に当てたままなまえは動けなかった。


*


翌日、待ち合わせ場所に現れた悟は、店で見た時とは少し違っていた。派手なスーツではなく、ラフなシャツに黒いパンツ、そしてフレームの違うサングラス。それだけなのに、遠目からでもすぐに分かった。

「いた」

向こうもこちらを見つける。にこっと笑って、長い脚で近づいてきた。

「待った?」
「いえ、全然」
「じゃ、行こ」

当たり前みたいに隣を歩き始める。

「どこに行くんですか?」
「この前言ってたとこ」
「え?」
「気になるって言ってたじゃん」

何日か前、メッセージで話していたカフェだった。そんなことまで覚えていたのか。

「……ありがとうございます」
「なんで礼なんか言うの」
「連れてきてもらったので」
「僕が来たかっただけ」

さらっと言われて、また困る。この人は、どうしてこんなふうに自然に優しくできるのだろう。きっとこれが仕事だからなのだろう。そう思わないと、なまえは変に期待してしまいそうだった。
店の外でも悟はよく喋った。仕事の時より言葉づかいがくだけていて、子どもみたいに屈託なく笑う。甘いものを頼んで、しばらく楽しそうに食べていたかと思えば、悟はふとなまえの皿へ視線を向けた。

「それ、一口ちょうだい」
「悟さん、自分のあるじゃないですか」
「それとこれ違うじゃん」
「同じチョコですよ」
「でもなまえのやつの方がおいしそう」

そう言って、悟は当然のように口を開けた。

「……え?」
「あーん」
「自分で食べてください」
「やだ。なまえが食べさせて」

なんで、と聞いても、悟は口を開けたまま待っている。こんなことにも慣れているのだろうか。ホストという仕事は、なまえにはやっぱりよくわからない。
根負けしてケーキを小さく切り、ドキドキしながら悟の口元へ差し出す。

「……はい」

悟がぱくりとフォークを咥えた。

「ん、おいしい」

ぱっと嬉しそうに笑う。

「……同じチョコですよね?」
「うん」
「じゃあ悟さんのと同じじゃないですか」
「全然違うよ」

何が違うのか分からず首を傾げるなまえに、悟はますます楽しそうに笑った。

「なまえにあーんしてもらったし」
「……っ」

一気に頬が熱くなる。

「そういうこと、さらっと言わないでください」
「なんで? 本当じゃん」

悟は満足そうに自分のケーキへ戻っていく。そんな顔を見ていたら、こちらまで嬉しくなってしまう。
帰る頃には、最初にホストクラブへ行った日のような緊張はほとんどなくなっていた。駅までの道を歩きながら、悟が聞く。

「今日楽しかった?」
「はい」
「じゃあまた遊ぼ」
「……はい」

返事をすると、悟が少し嬉しそうにする。その顔を見て、胸の奥が妙にあたたかくなった。けれど同時に思う。

――これ以上、勘違いしないようにしなきゃ。

悟はホストだ。人を喜ばせるのが仕事で、好かれることにも慣れている。自分だけが特別なわけではない。なまえは戒めるように自分に言い聞かせた。


*


それから、二人で会う回数が増えた。悟は相変わらず頻繁に連絡を寄越した。
朝から、

『起きた?』

夜には、

『今日何してた?』

休みが合えば、

『明日会える?』

店に行っていないのに。お金だって一度目以来、一円も使っていないのに。それでも彼は毎日のように連絡してきた。
ある日、傑にその話をすると、悟は鼻で笑われた。

「それ、もう営業じゃないだろう」
「そうだけど?」
「本人は?」
「……多分、わかってない」
「君、伝えてないのかい?」
「伝わるでしょ、普通」

傑はしばらく黙ったあと、心底呆れたような顔をした。

「悟。世の中の人間は、君ほど自信満々に生きてないんだよ」
「何それ」
「彼女からしたら、君はホストだろう?」
「だから?」
「親切にされても、仕事だと思うんじゃないか?」

悟は黙る。思い当たることが、ありすぎた。

『悟さんって本当にマメですね』
『お客さんみんなにこんなに連絡してるんですか?』
『人気あるのわかります』

全部、褒められていると思っていた。けれど。

「……は?」

悟はスマートフォンを取り出した。

「何?」
「いや、それヤバくない?」
「何が」
「僕、ずっと営業だと思われてんの?」

珍しく焦った様子の悟に、傑は吹き出して頷いた。


*


その日の夜。

『今から会える?』

悟から来たメッセージに、なまえは首を傾げた。いつもより少し唐突だった。けれど近くにいるらしく、結局駅前で会うことになった。

「ごめんなさい、お待たせしました」
「全然」

悟はいつものように笑っていた。けれど、何となくそわそわとしていて、落ち着かない様子を見せる。

「どうしたんですか?」
「んー……」

珍しく言葉を濁す。二人で歩きながら、悟はしばらく黙っていた。やがて、急に聞かれる。

「なまえはさ、僕から連絡来るの、どう思ってる?」
「……どう、とは」
「何で僕が毎日連絡してると思う?」

変な質問だ。少し考えてから答える。

「……お仕事だから?」

悟が立ち止まった。

「……マジで?」
「え?」
「ほんとにそう思ってたの?」
「違うんですか?」

信じられないものを見るような顔をされる。

「客にそんな送るわけないじゃん」
「でも、悟さんホストだから……」
「だからって、店にも来ない子に何ヶ月も毎日連絡する?」

言われて、初めて気づいた。確かにおかしい。なまえは悟の店へ、一度しか行っていない。それなのに。

「じゃあ……なんで」

悟が大きく息を吐いた。それから、少しだけ困ったように笑う。

「なまえだから送ってんの」

心臓が跳ねた。

「……え?」

「僕、君に店来てほしくて連絡してるんじゃないよ」

いつもの余裕たっぷりな話し方ではなかった。真っ直ぐこちらを見る青い目が、熱っぽくて真剣だ。

「最初は、また来ればいいのにって思ってたけど、そのうち店とかどうでもよくなった」
「……」
「僕が会いたかっただけ」

頭が真っ白になる。

「でも……私、お客さんで」
「もう客だなんて思ってない」

即答だった。

「じゃあ……」

その先が怖くて、声が小さくなる。悟は少し眉を下げた。

「僕、なまえのこと好きなんだけど」

あまりにも直球で、一瞬、意味がわからなかった。

「……え」
「え、じゃなくて」
「だって、悟さん、ホストで」
「うん」
「女の人にも、いっぱい好かれてて」
「それは、まぁそうなんだけど」
「なのに、なんで私……」

言い終わる前に、悟が笑った。今まで見た中で、一番優しい顔だった。

「そこが好きなんじゃない?」
「……そこ?」
「僕見ても『すごいですね』って言って帰ろうとするし」
「だって……」
「店ももう来ませんって言うし」
「向いてなかったので……」
「なのに僕とは会ってくれるし」

からかうように笑っていた悟が、少しだけ声を落とした。

「もっと一緒にいたいって思うし。なまえが笑うと、もっと笑わせたくなる」

胸の奥がいっぱいになる。

「僕、こんな追っかけたことないよ」
「……そうなんですか?」
「うん」

そして悟が、ほんの少しだけ目を逸らした。

「だから……僕と付き合ってよ」

あの悟が、珍しく返事を待っている。そのことが分かって、なんだか急に可笑しくなった。

「……はい」
「ほんと?」

ぱっと顔を上げる。

「はい」
「僕がホストでも?」
「……そこはちょっと心配ですけど」
「えー」
「でも、悟さんが好きなので」

言った途端、恥ずかしくなって俯いた。悟が黙る。恐る恐る顔を上げると、今度は向こうが固まっていた。

「……悟さん?」
「もう一回言って」
「嫌です」
「なんで!?」
「恥ずかしいので」
「僕告白したじゃん!」
「私も返事しました」
「足りない」

子どもみたいなことを言いながら、悟がこちらの手を取る。それから、指を柔らかく絡めた。

「……ほんと、かわいい」

くすぐったそうに笑う横顔を見ながら、なまえはふと思った。
最初にこの人を見た時、こんな人、現実に本当にいるんだと思った。夢みたいで、自分とは違う世界の人だと思った。もう二度と会うこともないだろうと。
まさか数ヶ月後、その人と手を繋いで歩いているなんて。なまえは信じられないような面持ちで悟を見上げていた。


*


付き合うようになってからわかったことだったが、悟はなまえが思っていたよりずっと恋人に甘い人だった。
朝起きれば「おはよ」とメッセージが届いて、仕事が終われば「終わった?」「迎え行こっか?」と連絡が来る。休みの日には当然のように予定を聞かれ、少しでも会えそうだとわかれば嬉しそうに飛んでくる。

「悟さん、今日も仕事だったんじゃないんですか?」

待ち合わせ場所に現れた悟を見て、なまえは目を丸くした。

「そうだけど?」
「疲れてるなら、今日は会わなくてもよかったのに」
「やだ。なまえに会いたかったし」

あまりにも当然のように言って、悟はなまえの手を取る。

「それに、疲れてる時こそ会いたいんだけど」
「……私に?」
「ほかに誰がいんの」

以前にも聞いた気がする台詞に、思わず笑ってしまった。すると悟も嬉しそうに笑って、繋いだ手を揺らす。
食事に行けばなまえが好きそうなものを見つけては勧めてくるし、買い物に行けば荷物はいつの間にか全部悟が持っている。何気なく「これ好き」と言ったものまで覚えていて、しばらくしてから突然渡されることもある。

「……これ、この前私が見てたやつ」
「うん」
「覚えてたんですか?」
「そりゃ覚えてるでしょ」

悟にとっては、それくらい当たり前らしい。
最初の頃は、こんなふうに大切にされるたびに戸惑っていた。
けれど最近は少しだけわかってきた。悟は、好きになった相手には惜しみなく愛情を注ぐ人なのだ。

「なまえ、こっち」

ソファに座っていた悟に腕を引かれ、そのまま胸元へ抱き込まれる。

「ちょっと、苦しいです」
「じゃあちょっとだけ緩める」
「離してはくれないんですね」
「なんで離すの?」

不思議そうに言われて、なまえは思わず笑った。すると悟は満足そうに頬を緩めて、なまえの髪へ軽く口づける。

「かわいい」
「……また言ってる」
「だってかわいいし」
「毎日言ってません?」
「毎日かわいいからね」

そう言って、またぎゅっと抱きしめられる。
ホストクラブで初めて会った夜、この人は自分とはまるで違う世界にいる人なのだと思った。眩しくて、遠くて、きっともう二度と会うこともない。それなのに今では、そんな悟が毎日のように会いたいと言って、些細なことで笑って、なまえをこれでもかというほど甘やかしている。

「ねえなまえ」
「はい?」
「好き」
「……また急ですね」
「言いたくなったから」

照れながらもなまえが「私も好きです」と返せば、悟はそれだけで嬉しそうに笑う。
あの夜、もうここには来ないと告げた自分を、まさかこの人の方が追いかけてくるなんて思いもしなかった。
そして今では、追いついたどころか、悟から向けられる愛情の方が、少しばかり大きいような気さえしていた。
きっと今日も明日も、この人は飽きもせずに「好き」と言って、なまえを甘やかすのだろう。


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