しあわせならばここにある
※高専時の夏油✕同級生夢主のお話です。
傑くんは、よく人を見ている人だと思う。それにわたしが気づいたのは、いつのことだっただろう。
任務帰りに、悟くんが自動販売機の前で小銭がないと騒いでいる横で、硝子ちゃんが煙草を取り出しかけて先生に見つかって、面倒くさそうにポケットへ戻したときだったような気がする。
本当になんとなく、その日は皆のところに入っていくことが億劫だった。だからわたしは少し離れたところにひとりで立っていたのだけれど、傑くんだけが振り返ってこちらを見た。
「飲まないのかい?」
「ん?」
「いつも買っているだろう。桃のやつ」
言われて初めて、その日はなにも飲んでいないことに気づいた。
「えっと……今日は、いいかな」
「そう」
傑くんは、それだけ答えた。無理に勧めるでもなく、理由を聞くこともしない。自分が買ったコーヒーの缶を取り出して、また悟くんたちの方へ戻っていった。本当にそれだけのことだったのに、妙にわたしの記憶には残った。
最近、傑くん絡みでそういうことが増えている。
「今日、あんまり食べないね」
それから数日後の昼休みに、向かいに座った傑くんが、わたしのお弁当をちらりと見て言った。
「え、そう?」
「うん」
「最近、食欲わかないからかな」
適当に答えると、傑くんは「そうか」と言って、やっぱりそれ以上は何も聞かなかった。悟くんは隣で菓子パンを頬張りながら、「じゃあその唐揚げちょーだい」と言って不躾に手をにゅっと伸ばしてきたので、わたしは問答無用でその手を叩き落とした。
「痛っ。なにすんだよ!」
「人のご飯取らないで」
「どーせ食えねぇんだろ?」
「悟くんにあげるのはなんか癪」
「ケチ」
「うるさいよ」
硝子ちゃんが呆れた顔で笑う。いつも通りの風景だった。わたしも反射的につられて笑った。ちゃんと笑えていたと思う。だから、誰も気づいていないと思っていた。
別に、大したことじゃなかった。術師なら誰だって経験することで、そのときのわたしは落ち込んでいた。助けられなかった人がいることや、それに間に合わなかったこと。呪霊を祓ったところで、もう元には戻らないものがあることについて、もどかしさが胸の奥に降り積もっていて、それらのことが少しずつわたしの気力を奪っていたのだ。
その日だってそうだった。任務そのものは成功していて、帳の中にいた呪霊は祓えた。報告書にはそう書いたけれど、現場へ着いた時点で一般人がひとり死んでいた。
ーーわたしたちがもう少し早ければ。
そう思ったところで意味がないことも、わかっていた。術師になってから何度も教えられてきた。すべては救えない。できることをするしかなくて、いちいち引きずっていたら身がもたないと。だからわたしはいつも通りに帰って、いつも通り制服を脱いで、いつも通りにただ眠ればよかった。
そのはずだったのに、翌朝ベッドから起き上がるまでに、いつもよりずいぶん時間がかかってしまった。
それから少しずつ、いろんなことが億劫になった。食べることも喋ることも、任務の準備をすることも、ゆっくりとしかできなくなった。だけど行けばできるし、やれと言われればやれる。だから問題はないと、本気でそう思っていた。
「――最近、少し疲れているように見えるけど」
放課後に、廊下を歩いていると隣にいた傑くんから突然そう言われた。
「え?」
思わず彼の方を見る。いつもと変わらない穏やかな顔をしていた。
「私の気のせいかな」
「……そんなことないよ」
反射的に「大丈夫」と答えた。そう言うと、傑くんは一度だけ瞬きをした。
「そう」
やっぱり、彼はそれ以上は聞かなかった。ほっとしたような、それなのに少しだけ残念なような、自分でもよくわからない気持ちになった。
そのまま数歩歩いたところで、また傑くんが言った。わたしは足を止めなかったし、傑くんも歩みを止めない。前を向いたまま、静かな声で続ける。
「大丈夫じゃないときまで、大丈夫と言わなくてもいいと思うよ」
とっさに返事ができなかった。少し先で悟くんの声がした。
「傑ー! 早くしろよー!」
「今行くよ」
傑くんが答える。それからわたしを見るでもなく、「じゃあ、また明日」とだけ言った。
「……うん」
わたしはそれしか言えなかった。
次の日も、傑くんは何も聞かなかった。その次の日も彼は普通に話しかけてきて、普通に笑っていた。普通に悟くんと喧嘩をして、硝子ちゃんに呆れられて、いつも通りに任務に行っていた。わたしが何かを話すのを待っているようにも見えなかった。だから余計に、気になった。
――大丈夫じゃないときまで、大丈夫と言わなくてもいい。
あれは、どういう意味だったんだろう。わたしは別に、誰かに助けてほしかったわけじゃない。慰めてほしかったわけでもなかった。
「傑くん」
結局、わたしの方から声をかけた。夕方のことだった。悟くんは先生に呼ばれていて、硝子ちゃんは医務室にいる。寮へ戻ろうとしていた傑くんが振り返った。
「どうしたんだい?」
「あのね」
自分から呼び止めておいて、言葉が出てこない。傑くんは急かさなかった。
「……この前の」
「この前?」
「大丈夫じゃなくてもいいって言ってたこと」
「ああ」
思い出したらしい。
「……あれ」
そこまで口に出して、何を言えばいいのかわからなくなった。やっぱりやめようかな、そう思った瞬間、「座る?」と、傑くんが促した。廊下の端にある窓の下の椅子を指す。
「少しなら時間あるよ」
その言葉に、胸の奥がほんの少し緩んだ感覚がした。
二人で窓辺に座った。夕日が床を長く柔らかく照らしている。その光を眺めながら、しばらく黙っていた。傑くんは何も言わない。その沈黙に追い立てられる感じがなかったから、わたしはゆっくりと口を開いた。
「最近さ」
「うん」
「任務に行くのが、ちょっと嫌なんだ」
言ってしまった。術師なのに、こんなことを言ったら呆れられるだろうか。
「怖いわけじゃないんだけど」
慌てて付け足す。
「戦うのが嫌とかでもなくて。ただ……なんか」
言葉がうまくまとまらない。
「この間、間に合わなかった人いたでしょ」
「うん」
「あれからちょっと」
自分でも馬鹿みたいだと思ってしまった。一人だけじゃなくて、今までだって救えなかった人はいた。これから先だってきっといるのに、子どもみたいなことを言ってしまっていると、羞恥心がわいてくる。
「でも、こんなのみんな同じだよね」
だから、そう笑おうとした。うまく笑えたかは、わからない。
「術師なんだから。傑くんだって悟くんだって、もっと大変な任務行ってるし」
傑くんは少し黙った。その沈黙から、否定されると思った。気にしすぎだよ、とか、仕方ないことだ、とか。だけど傑くんは、「みんな同じだから、君が苦しくないことにはならないだろう」と言った。
わたしが顔を上げると、傑くんはまっすぐこちらを見ていた。同情している顔じゃなかった。ただ、わたしの言ったことをそのまま聞いている。
「でも、もっと大変な人だっているし」
「いるだろうね。だけど、それと君が辛いことは、別の話じゃないかな」
胸の奥が、妙なふうに痛くなった。今まで、自分でもずっと比べていた。この程度でしんどいなんて言えない。もっと大変な任務に行く人がいる。もっとたくさんの人を失った術師もいる。わたしはまだ大丈夫なんだから、大丈夫でいなければ。
「……わたしさ、人が死ぬのを見るのに慣れていくのが嫌なのかも」
自分の声が震えているのがわかる。だけど、傑くんは黙って聞いている。
「最初はもっと、ショックだった気がする。でも最近は、ああまたかって思う瞬間があって」
そこまで言ったら、涙が出てきた。慌てて袖で拭う。
「やだ、なんで泣いてんだろ」
「別にいいんじゃないかい」
「よくないよ。恥ずかしい」
「どうして?」
「どうしてって……」
傑くんは本当にわからないような顔をした。
「泣くほど嫌だったんだろう?」
その言葉で、余計に涙が出た。
「傑くんってさ、こういう話されても、嫌にならないんだね」
今度こそ、傑くんは驚いた顔をした。
「君のことを?」
「うん」
「どうして嫌になるんだい?」
あまりにも自然に返されて、わたしは何も言えなくなった。傑くんは少し考えてから続けた。
「辛いときに辛いと言っただけだろう」
「……うん」
「それで君を見る目が変わる理由が、私にはよくわからないな」
そのときだったと思う。わたしの胸の奥に、何かが落ちた。派手な音なんてしなかった。突然世界が変わったわけでもない。ただ、この人を好きになるんだろうな、と思った。たぶんもう、好きになっていた。自動販売機の前で声をかけてくれたとき。昼休みのお弁当を食べられない様子を見てくれていたとき。わたしが笑うまでの、ほんの少しの間を見つけて、それでも何も決めつけずにいてくれたときから。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「まだ何も解決してないけど」
「うん」
「明日も任務あるし」
「あるね」
「多分、また嫌になる」
「それでもいいんじゃないかい」
傑くんは笑った。
「嫌でも行けたなら十分だし、行けないならそのとき考えよう」
なに、それ。そんなのでいいんだ。そう思ったら少しだけ、呼吸がしやすくなった。
「傑くんって、優しいね」
そう言うと、傑くんは困ったように笑った。
「そうかな」
「うん」
「君がそう思うなら、そうなのかもね」
外を見ると夕日が沈みかけていて、半分夜が空を覆っているのがわかった。もう戻らなきゃ、そう思うのに、わたしはもう少しだけ、傑くんのそばにいたかった。
「ねえ、傑くん」
「何?」
「もうちょっとだけ喋ってていい?」
「もちろん」
何を話すかなんて決めていない。傑くんも聞かなかった。ただ隣に座ったまま、話に付き合ってくれた。その横顔を見ながら思った。この人は、わたしの苦しみをなくしてくれるわけじゃない。きっとこれからも、辛いことはあるし、救えない人だっている。わたしはまた大丈夫だと言ってしまうかもしれない。それでも、大丈夫じゃないわたしを見ても、この人はきっと否定しない。弱音を吐いたわたしを、適当にあしらったり、拒否したりしない。それがどうしようもなく嬉しかった。
それから、わたしは傑くんとよく話すようになった。
悩んでいるほどでもないけれど誰かに聞いてもらいたいことや、今日の任務であったちょっとしたこと。最近好きになったお菓子や、テレビで見た変な番組や、悟くんに腹が立った話とか、本当にどうでもいいようなことまで、傑くんに聞いてほしくて、姿を見かけるとつい駆け寄って行ってしまう。
「傑くん」
「うん?」
「聞いて。今日ね」
そんなふうに話し始めれば、傑くんはいつも穏やかな笑顔を浮かべて、「うん」と頷いてくれた。話を途中で奪うこともないし、つまらなそうな顔もしない。わたしの話すひとつひとつを、ちゃんと受け取ってくれる。だからわたしは、自分が話し上手になったみたいな気がした。本当はそんなに、自分の話をすることが得意だったわけじゃない。何を話したらいいかわからなくなることも多いし、こんなことを聞かされても相手は退屈なんじゃないか、と考えてしまうこともある。でも傑くんが相手だと、不思議なくらい言葉が出てきた。「それで?」と続きを促してくれるのが嬉しかった。笑ってくれるのも嬉しかった。わたしの好きなものを覚えてくれていることも。
「これ、君が好きだと言っていたやつじゃないかい?」
そう言って購買で桃味のお菓子を見つけて持ってきてくれたときなんて、たったそれだけのことなのに、一日中嬉しかった。
「覚えてたの?」
「それくらい覚えているよ」
傑くんは何でもないことのように言う。わたしにとっては、何でもないことじゃなかった。
わたしも彼の話をよく聞いた。日頃、どんな気持ちで術師をやっているのかとか、どんな術師になりたいのかとか。任務で面倒だったことや、悟くんに振り回されたこと。好きなものと嫌いなもの。子どもの頃のこと。彼の話なら、なんでも知りたかった。傑くんはよく話してくれた。
「君は本当に、よく私の話を聞いてくれるね」
ある日そう言われて、わたしは笑った。
「だって傑くんのこと知りたいから」
言ってから、しまったと思った。それじゃあまるで、好きだと言っているみたいだ。慌てて前を向いたけれど、隣から小さな笑い声が聞こえてきた。
「……何?」
「いや。嬉しいなと思って」
それ以上は何も言わなかった。でも、その日の傑くんはいつもより少し機嫌がよかった気がした。
ある日、放課後にいつもの場所へ行くと、傑くんが先にいた。
「傑くん」
声をかけると、こちらを振り向いて笑う。
「今日は来ないのかと思ったよ」
「え?」
「いつもなら、もう少し早く君が話しかけてくるから」
一瞬、意味がわからなかった。
「……待ってたの?」
そう聞いたら、傑くんは少しだけ目を細めた。
「まあね」
心臓が変な音を立てた。わたしだけじゃなかった。わたしだけが傑くんを探していたわけじゃなかった。傑くんも、わたしが来ることを待ってくれていた。それだけで胸がいっぱいになった。
傑くんのそばは居心地がよかった。まるで彼の一番大切な存在になったみたいに、誇らしくて、満たされたような気分になる。悟くんが傑くんの前では気が緩んで、あけすけな物言いをしてしまう理由が少しわかる気がした。傑くんのそばにいると、自分の全部を肯定されて、つつみ込まれているみたいになってしまう。傑くんはそういう人だった。少なくとも、わたしにとっては。
だからその日、わたしは傑くんと二人で並んで歩いているとき、ふいに彼と手を繋ぎたくなった。本当に、ほとんど無意識だった。傑くんに触りたい。あの大きな手につつみ込まれたら、どれだけ安心するのだろうと、そんなことを思ってしまった。気づいたら、指先が彼の手に触れていた。
「あ」
自分でも声が出た。わたしよりずいぶん上にある整った顔が、驚いたようにこちらを見ている。傑くんは数回瞬きをした。恥ずかしい。なにをやっているんだろう。
「ご、ごめ――」
慌てて手を離そうとした。でも今度は傑くんの方から、手を握り返してきた。
「……え」
大きな手が、わたしの手をすっぽりつつみ込む。想像していたよりもずっとあたたかかった。離そうと思えば離せるはずなのにできなくて、むしろ指先に少し力を込めて握り返してしまった。隣を見る勇気がなくて、わたしはずっと前を向いていた。傑くんも何も言わない。それでも、手だけは離さなかった。
わたしたちはそのまま、二人で目的もなく歩いた。今日はどこへ行こうと決めていたわけでもない。ただ、もう少しだけこの時間を終わらせたくなかった。傑くんの手はずっとあたたかくて、時折歩く拍子に腕が触れる。そのたびに胸が忙しくなった。これって、どういう意味なんだろう。わたしが勝手に触ってしまったから、仕方なく握ってくれているだけ?でも、それならもう離してもいいはずだ。傑くんはいつまで経っても離さない。
高専へ戻る道が見えてきて、もうすぐ着いてしまう。そうしたら、この手も離すのだろうか。そう思ったら、急に寂しくなった。
「なまえ」
「なに?」
傑くんが名前を呼んで、ようやく顔を上げる。傑くんは少しだけ困ったように、それでも優しく笑っていた。
「私は、なまえのことが好きだよ」
一瞬、時間が止まった気がした。
「……え」
「だから」
繋いだ手に、少しだけ力がこもる。
「君が手を繋いでくれて、嬉しかった」
頭の中が真っ白になって、わけがわからなくなる。でも、ひとつだけ、嬉しいことだけはわかった。それもものすごく。
「……わたしも」
やっとそれだけ言った。
「うん?」
「わたしも、傑くんが好き」
傑くんが目を細める。
「知っていたよ」
「えっ!?」
思わず大きな声が出た。
「なんで!?」
「君はわかりやすいからね」
「うそ!」
「嘘じゃないよ」
「じゃあもっと早く言って!」
「君の口から聞きたかったんだ」
「ずるい!」
わたしが頬を膨らませると、傑くんは楽しそうに笑った。その顔を見ていたら、怒る気もなくなってしまう。結局わたしたちは、高専の門をくぐる直前まで手を繋いでいた。
恋人になったからといって、何かが劇的に変わったわけではなかった。次の日も任務はある。悟くんはうるさいし、硝子ちゃんは相変わらず呆れた顔でわたしたちを見る。
「お前ら、付き合ったの?」
あっさり見抜かれて、わたしは固まった。
「な、なんでわかったの」
「近いから」
硝子ちゃんはそれだけ言った。その隣で悟くんが、「はあ!? いつ!?」と騒ぎ始める。
「傑、お前俺に何も言ってねぇじゃん!」
「今言っただろう」
「硝子に先にバレてんじゃねぇか!」
「別に報告する義務はないだろう?」
「親友だろ!」
「面倒だな、悟は」
そんな二人を見ながら、わたしは笑った。以前と同じ風景なのに、少しだけ違って見えた。机の下で、傑くんの指先がこっそりわたしの手に触れる。誰にも見えないところで、そっと指を絡められた。それだけで笑みがこぼれそうになった。
「何笑ってんの?」
「別に」
悟くんに言われて答える。傑くんも何も言わない。でも、繋いだ手だけは離さなかった。
付き合ってからも、傑くんはよくわたしを見ていた。
「今日、疲れている?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ帰りに何か甘いものでも買おうか」
「桃のやつ?」
「もちろん」
そう言って笑う。以前のわたしなら、きっと反射的に「大丈夫」と言っていた。でも今は、「うん。今日はちょっと疲れた」と言えるようになった。そんな自分が少し嬉しい。その代わり、わたしも傑くんを見る。
「傑くん、今日疲れてる?」
「私?」
「うん」
「そう見える?」
「ちょっとだけ」
すると傑くんは、少し困ったように笑う。
「なまえには敵わないね」
「傑くんが最初にやったんだからね」
「確かに」
「だから傑くんも、大丈夫じゃないときまで大丈夫って言わなくていいんだよ」
わたしがそう言うと、傑くんは少しだけ目を見開いた。それから、とても穏やかに笑った。
「覚えていたのかい?」
「忘れるわけないよ」
わたしがこの人を好きになった言葉だ。忘れるわけがない。傑くんはわたしの頭を撫でた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあ今日は少し疲れたから、君に付き合ってもらおうかな」
「何するの?」
「何もしなくていいよ」
傑くんが手を差し出す。
「ただ一緒に帰ろう」
「うん」
その手を取る。恋人になってから何度も繋いでいるのに、やっぱり少し嬉しくなる。大きくて、あたたかい彼の手。最初に触れたとき、こんな手につつみ込まれたら安心するんだろうと思った。それは間違っていなかった。でも今は、それだけじゃなくて、わたしもこの人を安心させたいと思う。辛いときは隣にいたい。楽しいことがあったら一番に聞きたい。好きなものを知って、くだらない話をたくさんしたい。たくさん笑ってほしいし、この人の一番近くにいたい。
「傑くん」
「うん?」
「好きだよ」
突然言うと、傑くんが少し驚いた顔をする。それからすぐに笑った。
「私も好きだよ」
繋いだ手を持ち上げて、指先に軽く口づけられる。
「……そういうの急にやるのずるい」
「君が突然好きだと言うからだろう?」
「それは言いたかっただけ」
「私もしたかっただけだよ」
勝てないなぁ、そう思いながらも、嬉しくて笑ってしまう。傑くんもわたしを見て笑った。それだけで、今日もきっと大丈夫だと思えた。
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