6-4.恋心よりも先に

透子を抱き締めたまま、虎杖は周囲の視線に気づいていなかった。
けれど、ふと。

――静かすぎる。

ざわついていたはずの空気が、嘘みたいに止まっている。
恐る恐る顔を上げると、視界に入ったのは、完全に固まった周囲の面々だった。
伏黒は、目を細めたまま言葉を失っている。
釘崎は、口を半開きにしたまま瞬きもしていない。
京都校の連中も、何が起きているのか理解できていない顔だ。

「……え?」

誰かの、小さな声。
その一音で、ようやく自分が何をしているのか自覚する。

――あ。抱き締めてる。思いっきり。しかも、みんなの前で。

「い、いや、これは、その……!」

慌てて腕を緩めた、その瞬間だった。
透子の身体から、すっと力が抜ける。

「……っ」

ぐらりと傾いた身体を、虎杖は慌てて支えた。

「ちょ、え!? だ、大丈夫か!?」

泣き疲れたのか、透子は完全に体重を預けてきている。
意識はあるようだが、返事をする余裕はなさそうだった。

「え、待って、え!? 俺、何すればいい!?」

完全にパニックだ。
抱き締めたまま離すわけにもいかず、かといって、このままもどうしていいかわからない。
助けを求めるように、視線を泳がせる。

「伏黒! く、釘崎! 五条先生!?」

名前を呼び散らかす虎杖を見て、釘崎がようやく我に返った。

「……アンタ、ほんっとにバカ」

呆れたように言いながらも、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
伏黒は小さくため息をつく。

「……座らせろ。倒れるぞ」
「そ、そうだよな!」

言われるがまま、虎杖は透子を支えながら、慌てて地面に座らせる。

「ごめん、ほんとごめん……」

何度目かわからない謝罪を呟きながら、虎杖は、透子から視線を離せずにいた。
さっきまでの誓いが、冗談じゃなくなったことを、この時ようやく実感していた。

――もう絶対、泣かせたりしねぇ。

泣き疲れて眠る透子の傍で、虎杖悠仁は、完全に取り返しのつかない一線を越えたことを、遅れて自覚するのだった。