7.それは煩悶と共にやってくる
その夜、虎杖悠仁はまったく眠れなかった。
布団に入ってから、もう何時間経ったのかもわからない。
目を閉じても、意識は冴えたままだ。
――最悪だ。
天井を睨みながら、何度目かわからない寝返りを打つ。
思い出すな、と言っても無理だった。
どうしたって、あの場面が蘇る。
泣いていた時雨。
震える肩。
自分の腕の中で、力が抜けていった身体。
「……」
喉の奥が、きゅっと詰まる。
あれは、完全に想定外だった。
想定では、ドッキリは成功、みんな驚いて、ワイワイして終わる。
それだけのはずだったのに。
――なんで、時雨はあんなに泣いてたんだ。
答えはわかってる。
自分が死んだと思ってたからだ。
その事実を思い出しただけで、胸の奥がぞわっと嫌な音を立てる。
「……俺、最低じゃね?」
小さく呟く。
冗談のつもりだった。
でも、時雨にとっては冗談なんかじゃなかった。
死んだと聞かされて。
泣かずに、耐えて。
一人で、全部飲み込んで。
その結果が、あの涙だった。
「……」
無意識に、自分の腕を見る。
あの時抱き締めた感触が、まだ皮膚に残っている気がした。
細くて、軽くて。折れそうで。
――やばい。
透子の体の柔らかな感触まで思い出してしまいそうで、思わず布団に顔をうずめる。
なんで俺、考える前に抱き締めたんだ。
普通、もっと躊躇うだろ。
誰かが泣いてたら、慰める。
それだけなら、今までだってあった。
でも、時雨の時だけ、「離れたらダメだ」って思った。
離したら、どこかに行っちゃいそうな気がして。
「……あれ?」
ここで、ようやく違和感に気づく。
なんで俺、そんなこと思った?
なんで、「もう二度と泣かせたくない」なんて、あんなにはっきり思った?
心臓が、どくんと鳴る。
「……俺さ」
ぽつりと、誰もいない部屋で言う。
「時雨のこと……」
言いかけて、止まる。
続きを口に出すのが、なんだか怖かった。
でも、もう逃げられなかった。
一緒に昼飯食ったこと。
卵焼きの話。
静かに笑った顔。
全部、どうでもよくなんかなかった。
「……好き、なんじゃね?」
呟いた瞬間、胸の奥が、すとんと落ち着いた。
同時に、とんでもないことに気づいた気もした。
「……やっべ」
好きだと認めた途端、今日の自分の行動が、全部意味を持ち始める。
抱き締めたことも、泣きやんでほしいと願ったことも。
泣かせたくないと思ったことも、全部。
「……マジかよ」
布団の中で、虎杖は小さく丸くなる。
体が熱くなる感覚と共に、眠れない理由がはっきりしてしまった。
この夜、虎杖悠仁は一睡もできなかった。
そして翌朝。
――どう接すりゃいいんだよ。
腫れぼったくなった目蓋を抱えながら、新しい悩みが、増えただけだった。