8.彼女のそばにいることは
最近の虎杖は、どこか落ち着きがなかった。
それは、透子の目にもはっきりとわかるほどだった。
話しかければ、視線がわずかに逸れる。
隣に座れば、ほんの一瞬、肩が強張る。
声をかけるたび、返事はいつもより少し遅れる。
(……緊張してる?)
理由はわからない。
けれど、少なくとも、避けられているわけではない……と思う。
むしろ、前よりも一緒にいる時間は増えている。
前よりも、話すことも多い。
それが、透子には素直に嬉しかった。
昼休み。
中庭の、いつものベンチ。
透子は、特別なことをするでもなく、虎杖の隣に腰を下ろした。
彼は一瞬だけこちらを見て、それから、少しだけ背筋を伸ばす。
(……やっぱり、変)
透子は弁当箱を開けながら、ふと思い出す。
以前もこうして、卵焼きを食べてもらったことがあった。
「……今日も、卵焼き入ってる」
「……あ、うん」
返事はある。
けれど、どこか硬い。
透子は、箸で卵焼きを一切れ取る。
ほんの気まぐれだった。
深い意味は、ない。
「……虎杖」
「……なに?」
「……食べる?」
そう言って、自然な動作で彼の方へ差し出す。
その瞬間。虎杖の動きが、目に見えて止まった。
「……」
視線が、卵焼きと、透子の顔の間を、落ち着きなく行き来する。
「……ど、どうしたの?」
「……いや……」
言い淀んで、視線を逸らす。
そして、耳まで赤い。
「……前も、食べたでしょ」
「そ、それは……そうだけど……」
声が、微妙に裏返る。
「……今日は、その……心の準備が……」
「……心の準備?」
何の準備なのかは、よくわからなかった。
透子は少しだけ首を傾げて、それでも、そのまま箸を引っ込めなかった。
「……食べないの?」
しばらくの沈黙。
虎杖は、何かに負けたみたいに、小さく息を吐いてから。
「……っ、もう……」
意を決したように、ぱくっと口を開けた。
卵焼きが、消える。
「……」
もぐもぐと頬を動かす。
「……うまい」
でも。
顔が、明らかに赤いままだった。
「……虎杖」
「な、なに!」
「……顔、赤い」
「……うるさい」
視線を逸らされた。
(……かわいい)
そう思ったけれど、口には出さない。
「……なんで、そんなに緊張してるの?」
そう聞くと、虎杖は少し黙ってから、ぼそっと言った。
「……時雨が、近いから……」
その言葉で今度は、透子の胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。
(……意識、してるんだ)
そう思ったら、さっきよりも、空気がやわらかく感じられた。
透子は、もう一切れ、卵焼きを取る。
「……もう一個、いる?」
虎杖は、一瞬、固まってから。
「……い、いただきます……」
声は、さっきよりも小さい。
(……不思議)
距離は、確かに近いのに。
その距離に、二人とも、まだ慣れていない。
でも。
(……仲良くなったんだ)
そう思えることが、透子には、ただ嬉しかった。
春の光の中で、少しぎこちない沈黙と一緒に、二人はゆっくりと昼食を続けていた。