4.突然の別れ

最初に意識に上ってきたのは、嗅ぎなれない匂いだった。
消毒液のつんとした、乾いた匂い。
それに混じって、わずかな血の気配も感じ取れる。

次いで、急激に戻ってきた身体の重さに支配される。
透子はまぶたを開けることさえ億劫で、指先に力を込めようとしても、うまく動かせなかった。

――あれから、どうなったんだっけ……。

白い天井が、ぼんやりと視界に入る。
見慣れた呪術高専の医務室だった。
自分がここにいる理由を把握するまでに、少し時間がかかる。

――確か、私は。

英集少年院に、1年全員で任務に赴いて。
突如現れた特級呪霊相手に、なすすべもなく倒された。
その後の記憶が、ぷっつりと途切れている。

喉がひどく渇いていた。
声を出そうとすると、空気だけが擦れる。

「起きたか」

隣から、低く気だるげな声がした。
視線を向けると、白衣姿の家入硝子が立っている。
カルテを片手に、淡々とこちらを見下ろしていた。

「……家入、先生」
「検査は問題ない。命に別状もない」

それだけ告げて、家入は視線を落とし、ペンを走らせる。
慰めも、労わりの言葉もない。
ただ事実だけを扱うその態度が、かえって現実を際立たせた。

透子は、胸の奥に引っかかっていた違和感を、ようやく言葉にする。

「……他の、みんなは」

伏黒。
釘崎。
そして――。

「伏黒と釘崎は無事だ」

家入は即答した。
けれど、その先に続く言葉がない。
透子は一拍置いて、問いかける。

「……虎杖は?」

家入の手が止まった。
ほんの一瞬、息をのむ。
だが、その沈黙は、十分すぎるほど長く感じられた。

「任務中、死亡した」

感情のない声だった。

「心臓を失っている。蘇生は不可能だった」

医師として告げるべき言葉を、必要最低限で、正確に述べる。
透子は、黙ってそれを聞いていた。

驚くほど、頭は静かだった。
しかし世界が、ほんの少し自分と乖離したような感覚に襲われる。
家入から告げられた言葉だけが、耳と胸に残った。

――虎杖悠仁は、死んだ。

「……そう、ですか」

そう答えた自分の声が、他人のもののように聞こえた。
家入は一度だけ、透子を見る。

「今は、何も考えなくていい。ゆっくり休め」
「……はい」

白いシーツが視界を覆う。
その白さが、やけに眩しい。
家入はそれ以上何も言わず、踵を返した。
カーテンが閉まる。
周囲に静寂が戻ってきた。

透子は、ゆっくりと息を吸った。
胸の奥が、ひどく苦しい。
けれど、涙は出なかった。
まだ、実感が追いついていない。

「――死んだ」

つぶやいた言葉が、空気に溶ける前に、胸の内側で反響する。
けれど、心は動かない。
感情だけが、どこか遠くに置き去りにされたまま、ぼんやりと透子を支配していた。