5.悲しき決意

高専の外階段は、初夏の匂いと特有の蒸し暑さに包まれていた。
風は爽やかな中にも生温さがあり、肌をなでるとかすかな不快感が残る。
釘崎と伏黒は、中央の段に腰を下ろしていた。
透子は、その二段下に座っている。
三人は同じ方向を向いているのに、視線の高さだけがわずかに違っていた。
沈黙の中で、釘崎が口を開く。

「長生きしろよって……」

言葉は途中で折れ、小さな嘲りを含んだ吐息に変わる。

「自分が死んでりゃ、世話ないわよ」

伏黒は答えない。
透子は、自分の膝の上に置いた手を見つめていた。
任務でついた血の跡は、すでに洗い流されている。
それでも指先の感覚だけが、まだ現実に戻っていなかった。

「……伏黒、アンタは」

釘崎の声が続く。

「仲間が死ぬの、初めて?」
「……タメは初めてだ」

短い返答。
そこに、余分な感情は含まれていない。

「ふーん」

釘崎は、伏黒の横顔を見る。

「その割に、平気そうね」
「……オマエもな」

釘崎は、わずかに肩をすくめた。

「当然でしょ。会って二週間やそこらよ」

一拍置いてから、言い切る。

「そんな男が死んで泣き喚くほど、チョロい女じゃないのよ」

言葉は強い。
だがその強さは、刃の向きを変えずに、自分自身にも向いていた。
伏黒は、視線を下げる。
階段の下――透子の方を見る。

「……時雨は、大丈夫か」

透子は、ゆっくりと顔を上げた。

「……うん」

声は平坦で、揺れがない。
まるで、感情だけがどこかで足を止めているようだった。
伏黒は、それ以上踏み込まなかった。
釘崎も、透子の声を聞くだけにとどめている。
そのとき、前方から声がした。

「いつにも増して辛気臭いな、恵。お通夜かよ」

見ると、二年の先輩たちが立っていた。
禪院真希、パンダ、狗巻棘。
ただし、パンダと狗巻は、なぜか木の陰に身を潜めている。

「真希、真希!」
「何だよ」
「まじで死んでるんですよ、昨日! 一年坊が一人!」
「……はやく言えや!」

焦った真希が、パンダと狗巻を見やる。

「これじゃ私が血も涙もねぇ鬼みてぇだろ!」
「実際そんな感じだぞ⁉」

三人の先輩はぎゃあぎゃあと騒いでいた。
だが、透子にとってそれは、遠くで鳴っている音のようにしか聞こえなかった。
外で起こっていることの全てが、薄い膜を隔てた向こう側にあるようだった。
真希は、そんな透子に視線を留める。

「……おい、お前」

透子は返事をしない。
二人の視線だけが、静かに絡む。
やがて真希は、一度大きく息を吐いた。
それから、切り替えるように口を開く。

「京都姉妹校交流会が、二か月後に迫ってんだ」

続けてパンダとともに、1年も交流会に出てほしいという旨を告げる。

「殺す以外なら、何をしてもいい呪術合戦だ。鍛えるなら、格好の場だぞ」

間を置く。

「仲間が死んでるんだ。やるだろ?」

伏黒が答える。

「……やります」

釘崎も、間髪入れずに続く。

「当然でしょ」

真希の目が、再び透子に向く。
しばらくの間、沈黙がよぎった。
透子は息を吸い、ゆっくりと吐いてから口にする。

「……私もやる」

その声には、決意だけがあった。
悲嘆も、怒りも、そこにはない。

「……強くなる。絶対に」

そう言った瞬間、透子の中で何かが静かに固まった。
泣くことより先に、立ち上がることを選択する。
感情は、まだ胸の中で息をしている。
だがそれを外に出す前に、彼女は失ってしまった面影を思い出し、そのすべてを自分の奥深くへと封じ込めた。