10-2.人混みの中で(後編)

繁華街は、相変わらず人が多い。
夕方から夜に切り替わる時間帯で、仕事帰りと遊びに出てきた人の流れが混ざり合っている。
ネオンはまだ控えめなのに、どこか落ち着かない賑やかさがあった。

五条とリョウは、その中を並んで歩いている。
正確には、並んで――というより、手を繋いで。
五条の方が、ほんの少しだけ前を歩いている。
人の流れを避けるように、自然に。
リョウはその半歩後ろで、繋がれた手を見ないようにしながら、でも意識せずにはいられずに歩いていた。
指と指が絡んでいるだけなのに、やけに存在感がある。
体温が、脈が、歩くたびに伝わってくる。

――これ、普通に歩くのより、ずっと疲れるかもしれない。

そんなことを考えていると、五条が少しだけ歩調を落とした。

「……人、多いね」
「そうですね……」

それだけの会話なのに、距離はちゃんと保たれている。
手は、離れないまま。
五条は、人混みの中でも迷いなく進む。
それでいて、リョウが誰かにぶつかりそうになると、自然に自分の方へ引き寄せる。
それに気づくたびに、心臓の音が少しだけうるさくなる。

しばらく歩いたところで、通りの一角にある眼鏡屋の前を通りかかった。
ショーウィンドウに並ぶフレームの中に、ふと、一本のサングラスが目に入る。
白縁ではない、少し細めのフレーム。
レンズは薄く色が入っていて、派手すぎないのに、存在感はある。

――……五条さんに、似合いそう。

そう思った瞬間、足が止まっていた。

「?」

繋いだ手が引かれずに止まったことで、五条が振り返る。

「どうしたの?」
「あ……いえ、その……」

リョウは、少し迷ってから、ショーウィンドウの方を指した。

「あの……あれ」

五条は、視線を向けてから、少しだけ目を細める。

「サングラス?」
「……似合いそうだなって、思って」

言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。
五条は一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。

「へぇ」

そして、リョウの顔を見る。

「君から見ると、僕ってそういうの似合いそうに見えるんだ」

どこか、面白そうで、少し嬉しそうな声。

「入ってみる?」
「え、でも……」
「せっかくだし」

そう言って、繋いだ手を離さないまま、当たり前みたいに店の中へ引き込む。
店内は、外よりも少し静かだった。
いくつか並んでいるフレームを眺めてから、五条はさっきのサングラスを手に取る。

「これ?」
「……はい」

軽くテンプルを開いてから、五条はそれをリョウの方に差し出した。

「かけてもらっていい?」
「……え?」
「選んでくれたんだから、リョウにやってほしい」

完全に、やる気だ。
リョウは少しだけ戸惑いながら、それを受け取る。

「……失礼します」

そっと近づいて、両手でサングラスを持ち上げる。
距離が、一気に縮まる。
思った以上に、近い。
五条は、わざと動かない。
リョウは、できるだけ丁寧にフレームをかけて、位置を調整する。
指先が、こめかみと髪に少しだけ触れる。

――近い。

それに気づいているのは、多分、お互い様だった。

「……はい、どうですか?」

一歩下がって、そう言うと、五条はミラーを見てから、少しだけ口角を上げた。

「……うん、いいね」

それから、リョウを見る。

「ていうか、君の好みってことだよね、これ」
「……そう、なりますけど……」
「じゃあ、尚更」

軽くそう言って、サングラスを外す。

「ありがと。いいの見つけた」

買う気、満々らしい。
会計を済ませて、店を出る。
また歩き出すとき、五条は自然にもう一度リョウの手を取った。
今度は、さっきよりも、少しだけ指を絡める力が強い。
心なしか、店に入る前より楽しそうに見えた。
リョウは、何も言えずに、ただ手を握り返す。
繁華街の灯りが、少しずつ夜の色に変わっていく。
その中を二人で手を繋いで歩きながら、リョウは、少しだけ指に力を込めた。