10-3.近づく距離

夜の繁華街は、さっきよりも少しだけ静かになっていた。
人の波が引いて、ネオンの光がやけにくっきりと見える時間帯。

五条悟は、リョウと並んで歩きながら、繋いだ手を自然に引いて、人の少ない方へ進んでいた。
駅に向かう道を、ほんの少しだけ遠回りする。
歩く速度は、無意識に揃っている。

「……今日、楽しかった?」

前を向いたまま、何気ない調子で言う。

「はい……」

少し遅れて返ってくる声。

「呪具の受け取りだけのつもりだったんだけどね」
「いえ……私も、楽しかったです」

その言い方が、少しだけ控えめで、でも正直なのがわかる。
五条は、ちらりと横を見る。
夜の光に照らされた横顔。
昼間より、ずっと無防備だ。

「……そっか」

それだけ言って、歩調を少し落とす。
人の気配が途切れる角を曲がったところで、信号に引っかかった。
二人同時に足を止める。
赤信号。
風が吹いて、リョウの髪が揺れる。
五条は、繋いだままの手に、少しだけ力を込めた。
視線が、自然と下に落ちる。
唇の輪郭が、はっきりと見えた。
呼吸の間。
距離が、近い。
さっきまでと同じはずなのに、どこか違う。
五条は、ほんの一瞬だけ、リョウの目を見る。
そこに、戸惑いと、期待と、逃げ場のなさが混じっているのを確認してから。
何も言わずに、距離を詰めた。
唇が、重なる。
それは、確かめるみたいに短くて、軽いものだった。
離れたあと、リョウは言葉を失ったまま、瞬きもせずに固まっている。
五条は、少しだけ距離を残したまま、彼女を見る。

――ああ。
やっぱり、足りない。

そう思ったのは、ほとんど同時だった。
もう一度、今度はさっきよりもゆっくりと、唇に触れる。
今度は、離れるのが惜しいみたいに。
ほんの数秒。
それでも、さっきよりずっと長く感じる時間。
離れたあとも、五条はしばらく、彼女の額のすぐ近くにいた。
何も言わずに、視線だけが絡む。
繋いだ手は、離さないままだ。
信号が変わる音がして、ようやく現実が戻ってくる。
五条は、何事もなかったみたいに歩き出しながら、少しだけ指に力を込めた。

「……」

リョウは、しばらく黙ってから、そっと、握り返してくる。
小さいけれど、はっきりした力で。
それで、十分だった。
夜の空気は冷たいのに、繋いだ手のところだけが、やけに熱かった。