夜の繁華街は、さっきよりも少しだけ静かになっていた。
人の波が引いて、ネオンの光がやけにくっきりと見える時間帯。
五条悟は、リョウと並んで歩きながら、繋いだ手を自然に引いて、人の少ない方へ進んでいた。
駅に向かう道を、ほんの少しだけ遠回りする。
歩く速度は、無意識に揃っている。
「……今日、楽しかった?」
前を向いたまま、何気ない調子で言う。
「はい……」
少し遅れて返ってくる声。
「呪具の受け取りだけのつもりだったんだけどね」
「いえ……私も、楽しかったです」
その言い方が、少しだけ控えめで、でも正直なのがわかる。
五条は、ちらりと横を見る。
夜の光に照らされた横顔。
昼間より、ずっと無防備だ。
「……そっか」
それだけ言って、歩調を少し落とす。
人の気配が途切れる角を曲がったところで、信号に引っかかった。
二人同時に足を止める。
赤信号。
風が吹いて、リョウの髪が揺れる。
五条は、繋いだままの手に、少しだけ力を込めた。
視線が、自然と下に落ちる。
唇の輪郭が、はっきりと見えた。
呼吸の間。
距離が、近い。
さっきまでと同じはずなのに、どこか違う。
五条は、ほんの一瞬だけ、リョウの目を見る。
そこに、戸惑いと、期待と、逃げ場のなさが混じっているのを確認してから。
何も言わずに、距離を詰めた。
唇が、重なる。
それは、確かめるみたいに短くて、軽いものだった。
離れたあと、リョウは言葉を失ったまま、瞬きもせずに固まっている。
五条は、少しだけ距離を残したまま、彼女を見る。
――ああ。
やっぱり、足りない。
そう思ったのは、ほとんど同時だった。
もう一度、今度はさっきよりもゆっくりと、唇に触れる。
今度は、離れるのが惜しいみたいに。
ほんの数秒。
それでも、さっきよりずっと長く感じる時間。
離れたあとも、五条はしばらく、彼女の額のすぐ近くにいた。
何も言わずに、視線だけが絡む。
繋いだ手は、離さないままだ。
信号が変わる音がして、ようやく現実が戻ってくる。
五条は、何事もなかったみたいに歩き出しながら、少しだけ指に力を込めた。
「……」
リョウは、しばらく黙ってから、そっと、握り返してくる。
小さいけれど、はっきりした力で。
それで、十分だった。
夜の空気は冷たいのに、繋いだ手のところだけが、やけに熱かった。