10-1.『確かめたいの』@

シャワーを浴びて部屋に戻る。
タオルを肩にかけたまま、窓を少しだけ開ける。
夜の空気が流れ込んできて、火照った皮膚に触れる。
遠くで虫の声がして、寮の廊下からは誰かの足音が微かに響いている。

今日は、任務もなく、特別なこともない、ただの一日だった。
それでも、妙に落ち着かない夜だった。
ベッドに腰を下ろし、スマホを手に取るが、画面を眺めるだけで何も見ていない。
指先が止まる。

……さっきのひよりの顔が、頭から離れない。

夕方、食堂で向かいに座っていた時、やけに静かだった。
何かを考え込んでいる顔だったのに、聞いても「なんでもない」としか言わなかった。
ああいう時は、大抵ろくでもないことを考えている。

そう思った瞬間、ドアノブが静かに回った。
ノックはない。振り向くまでもない。

「……ひより?」

ドアの隙間から、顔だけが覗く。
いつもなら「入るね」とか一言あるのに、今日は何も言わず、ただこちらを見るだけだった。

「どうした」

声をかけると、ひよりはゆっくり中へ入ってきた。
部屋の真ん中で止まる。
座らない。
落ち着きがなく、どことなくそわそわしている。

「……恵」

呼び方が少し硬い。
嫌な予感がした。

「なんだ」

ひよりは一度、深く息を吸った。
それから、決めたみたいに近づいてくる。
距離が一歩、縮まる。

「ちょっと、確認したいことがあって」
「確認?」

聞き返した瞬間、肩を押された。
予想外すぎて反応が遅れる。
背中がベッドに沈む。
視界が一気に天井へ変わり、遅れて理解する。

ーーひよりが、俺を押し倒していた。

「……は?」

上から影が落ちた。
ひよりに見下ろされている。
距離が近い。
いや、近すぎる。
髪が頬にかかりそうな位置で揺れている。
息が触れそうなほど近く、思考が一瞬止まった。

「……お前」

声が低くなる。

「何してんだ」

ひよりは真面目な顔のまま答えた。

「確認」
「だから何の」

一拍置いて。

「……私、本当に恵のこと、恋愛の意味で好きなのかなって思って」

意味を理解するのに時間がかかった。
言葉が頭の中で遅れて繋がる。
それと今の状況が一致しない。

「……だから押し倒したのか」
「うん」

迷いのない肯定だった。
頭が痛くなる。
思わず目を覆いかけて、やめる。
覆ったら負けな気がした。

「お前な……」

言葉を選ぼうとして、やめた。
選んでも意味がない気がした。
ひよりは逃げない。
視線も逸らさない。
ただ、真剣にこちらを見ている。
その目が、余計にまずい。
冗談じゃないと分かるから。

「……俺、気持ち伝えたよな」

低く言う。
ひよりのまつ毛が揺れた。

「……うん」
「なら、こういうの軽くやるな」

責めたつもりはなかった。
けれど、声は思ったより硬くなっていた。
ひよりの肩がわずかに強張る。
その変化に気づいた瞬間、胸の奥が引っかかった。

……違う。
そういう顔させたいわけじゃない。
体を起こそうと腕に力を入れる。
その瞬間、ひよりの手が俺の肩を押さえた。

「待って」

小さな声。
視線がぶつかる。
頬が赤い。
目が少し潤んでいる。
けれど逃げようとはしていない。
ただ、分からないまま前に進もうとしている顔だった。
その距離で見せられると、冷静でいられるわけがない。
呼吸が浅くなる。
視線が、無意識に唇へ落ちる。

……やめろ。

分かってるのに、体が先に動きそうになる。
手が、ひよりの髪へ伸びかける。
触れる寸前で止まった。


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