4.突然の来訪者
その日は、夕方頃にインターホンが鳴った。
ちょうど津美紀が台所に立っている時間だ。
「はーい」
ドアを開けた津美紀が、次の瞬間、目を丸くした。
「五条さん」
「やっほー、津美紀。生きてる? 僕は死にかけ」
死にかけの人間とは思えない顔色で、五条さんが立っていた。
「今日は任務帰りでさー、もうヘトヘト。疲労困憊。瀕死。限界」
言いながら、返事も待たずに靴を脱ぐ。
当然のように上がり込んでくる。
「今日はどうかしたんですか?」
「んー、様子見」
「それだけじゃないですよね?」
「ご飯食べたいなーと思って」
即答だった。
「やっぱり」
「いやー、たまたま近く通ってさー。奇跡的にいい匂いがしてさ〜」
たまたまにしては、来る時間が正確すぎる。
「ご飯、ある?」
「ありますよ」
「やった」
もう食べる気満々の顔をしている。
リビングに向かって、やたら明るい声が飛んだ。
「恵ー!」
「……なんだ」
「生きてる?」
「……帰れ」
「ひどい!」
まったく傷ついていない声色だった。
そのやり取りを見ていたひよりが、首をかしげる。
「……この人、五条さん?」
「そう」
「前に一回来た、変な人?」
「変な人は余計だな」
五条さんはにやにやしながら、ひよりの前にしゃがみ込む。
「やっほ、ひより。覚えてる? 前に会ったでしょ」
「……うん。なんか、目がまぶしい人」
「すごい認識のされ方」
「事実だろ」
「恵、フォローしないの冷たくない?」
五条さんは肩をすくめて立ち上がった。
「まあいいや。元気そうじゃん、ひより。前より顔色いい」
「……そう?」
「うん。ちゃんと飯食ってる顔」
そう言って、遠慮なく頭をわしゃわしゃ撫でる。
ひよりは少しくすぐったそうに笑った。
「で? 恵」
「なんだ」
「ちゃんと面倒見てる?」
「……見てる」
「ほんとにー?」
「……帰れ」
「はいはい」
全然帰る気配はない。
当たり前みたいな顔で椅子に座っている。
もう食う前提だった。
「いやー今日はさ、マジで疲れる仕事でさー。甘いものと人の作ったご飯で癒やされたい気分なの」
「自分で作ってくださいよ」
「やだ」
間髪入れずに答える。
「津美紀のがいい」
「……あんまり大したものはないですが、それでよければ」
「やった!」
本気のガッツポーズだった。
ひよりが、その様子を見てくすっと笑う。
「……五条さんって、毎回こんな感じ?」
「大体」
「へえ……」
「失礼じゃない? 二人とも」
「でも、ちょっと面白い」
「ほら、ひより分かってる!」
「……変だけど」
「フォローになってない!」
夕飯が並ぶ頃には、五条さんは当然みたいな顔で席に座り、もう箸を持っていた。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
誰よりも早く食べ始める。
「うまっ。やっぱ人んちの飯は最高だね!」
「それ、褒めてるんですか」
「もちろん」
ひよりがじっと見ている。
「……いっぱい食べるんだね」
「そりゃあもう。成長期だから」
「……大人だよね?」
「心は常に成長期なの」
「意味わかんない」
「ひど!」
五条さんは、任務の話を一切しない。
どうでもいい雑談ばっかりだ。
でも。
時々、ひよりの方を見る。
怪我はないか。 ちゃんと食べてるか。
そんな確認みたいな視線。
……たぶん、それに気づいているのは俺だけだ。
食い終わると、大きく伸びをする。
「あー、生き返った。やっぱ定期的に人んちで飯食うの大事だね」
「定期的に来る気ですか」
「うん」
迷いゼロだった。
「来ないでください」
「恵ひどーい!」
玄関で靴を履きながら、ひよりの方を見る。
「じゃあな、ひより。また来るから」
「……うん」
少し考えてから、
「……今度は、ちゃんと連絡してから来たほうがいいと思う」
「はは、正論!」
「……うるさい」
ドアが閉まる。
急に家の中が静かになる。
リビングに戻ると、ひよりがぽつりと言った。
「……すごい人だね」
「……いつもああだ」
「でも」
少しだけ笑って、
「……来てくれて、ちょっと嬉しかった」
「……そうか」
あの人なりに、様子を見に来てくれたんだろう。
分かりにくいけど、そういう人だ。
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