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「俺は兄を殺したんだと思っていたよ。だけど違った。兄は事故死だった。思い出したんだよ。俺はそんな兄すらも捨てたんだ、あの火の中で。
 …どうやって俺が、あの状況で病院まで運ばれたのか、そこはずっと疑問ではあったがそこまで考え込まなかった。だが、昨日夢の中で起きた変化で、分かったんだ。
 兄は最期、俺の頬に手を当てたんだ。俺の記憶や夢では、あの時首を絞められた気がしたのに。
 そして兄は最後に一言言った。「逃げな」って死にそうで泣きそうな顔してさ」

 俺はずっと、逃げてるというのに。
 兄は逃げた。父を継がねばならないという教育の圧力と、実の父と別れて教育することに飽きた母に無視され続ける理不尽から。
 そして兄は、俺にも逃げることを許した。
 しかしそれが俺にとって呪縛になった。

「その背後に柱が落ちてきたんだ。俺をかばった形になった」

 だがきっと、意識があったんだ。だから俺が助かり、兄は死んだのだ。

「もういいよ、分かったから」

 孝信は、まるで可哀想な物を見るような眼で俺を見て、自分に酔いきった哀愁の笑みを浮かべた。

「自分を責めるな。そんなお前を見ている、俺が辛いよ」
「お前はいいなぁ。いい奴だよ、お前」

 ぞんざいに嘲笑うように言ってやると、微笑みは一変、息を飲み込んだのが見えた。俺は皮肉な目で孝信をまっすぐに捉えた。

「お前を支えたのは、俺の事件なんだな」
「…雪史?」
「俺はな、そうやって俺を哀れむお前を見ていて吐き気を覚えていたよ」

 見る見る孝信の顔色が変わっていく。
 ああそう、終わるんだ。

「お前みたいな自己満野郎、大嫌いだったよ、ずっと」

 孝信は呆れたような、驚いたような顔をしたが、すぐに怒りと少しの焦りを見せた。俺は何も言わない。ただ、空気だけが語る。

「そんなっ」
「山崎に話したんだろう?」
「…俺は、お前を想って」
「違う」

 そう言うと、空気は固まったまま二人の距離を測った。今度ははっきりと、眼を見て「違うだろ?」と、自分でも驚くほどに落ち着いて哀れみを含んだ冷たい口調で言葉を吐き捨てた。
 長年の付き合いがある相手に、こんなにも慈悲がない言葉が出るものかと、少し悲しい気もした。

「…じゃぁ、これで」

 二度と会うことはない。

 孝信が呼び止めた声は、俺が閉めたドアに消された。

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