5


 襖を少しだけ開けた向こうを覗いている。ああ、この景色。俺は一度経験し、何度も見た事がある。

 女と男の、妙に鼻から抜けた甘ったるい声がする。裸の男女が絡み合っている。女の方は、母だ。男の方は、見た事のない人物だ。

 おぞましい。人間とは何て汚いんだ。急に吐き気がして後退ろうとすれば、背中に何かが当たった。見覚えのある制服のズボン。これは兄だ。

 無表情で息を殺した兄が、ただじっとその行為を見ていた。
 俺の見上げた視線に気付くと、視線を下げ、頭に優しく手を置く。いつも穏和に微笑んでいた兄がその時はただ無表情で、目だけが激しい狂気のような怒りを映していた。

 兄はそれから、俺の頭に置いていた手を離し、その手で襖を勢いよく開ける。母と男は驚いてこちらに視線を寄こした。

「|優里《ゆうり》」

 兄は無言で二人のところまで歩み、母を蹴飛ばした。男は後ずさるも、腹を蹴り上げられ、蹲った。
 それから母の髪を引っ掴み、壁へ投げ飛ばす。断末魔のような奇声を発する母の腹を散々に蹴ったり踏んだりしていた。

「アンタがそんなんだから父さんに見捨てられてんだよ」

 囁くように静かに言う兄の声には、憎しみが蠢いていた。俺は恐怖のあまり泣くことも出来なかった。
 そのうち男は服を持って俺の横を通り逃げ出す。俺に目もくれない。多分気付く余裕がないんだ。

 この時初めて、兄が母さんと話しているのを見た。こんな凶暴な兄を見たのも始めてだ。

 俺が物心付いた時には、母さんは兄の存在を認知していなかったのだ。兄は、母さんの前の夫との子供なんだと、父が話していた。だから、今の父さんと母さんから生まれた俺は、8歳も離れていた。
 これが、兄の暴力の一番初めだった。

- 5 -

*前次#


ページ: