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 火曜日、山崎に飲みに行かないかと誘われた。丁度今日は診察もないし、その誘いを受けた。

 山崎とはたまに、飲みに行くことがあった。そして、絵について語ったり、世間話をしたりする。

 いつもは面倒なのでカウンター席に座るが、今日は珍しくカウンターから少し離れたテーブルへと掛けた。
 着いてすぐに山崎はカシスオレンジを頼んだ。俺は取りあえずビールを頼む。

 何だろう。今日は少しだけ雰囲気が違う気がする。景色が違うからだろうか。

 いつも通り絵の話を始めた山崎は、どことなく落ち着かないような気がする。
 話の本質は別にあって、それまでの繋ぎのような気がする。まだ一杯目だが、心なしかペースが早い気もする。
 俺は、会話に出来た間に、話を振ってみることにした。

「何かあったの?」
「…」

 山崎は通りがかった店員にビールを頼んだ。ビールなんて珍しい。

「いつもと違うからですか?」
「ああ、まぁ…」
「…」

 少し沈黙が流れると、すぐにビールが来た。それを流し込むように山崎は飲む。どうやら酔うのを待っているらしい。

「別に話したくないなら、いいよ?」
「優しいですね」

 まさかそう返されるとは思っていなくて、俺は押し黙った。俺はてっきり、仕事の愚痴か何かを勢いで喋る気なのかと思っていたので対処に困ってしまった。

「初めて藤村さんを見たとき、この人には何か翳があるのだと、思いました」
「翳?」
「だけどいつも緩やかで、優しいんです。私の話は聞いてくれても、自分の事は話さない。それが藤村さんの優しさだと思ったら、少し悲しくなりました」

 何を言おうとしてるんだ?山崎は、純粋に何かを考えているような表情だ。

「好きなんです、藤村さん」

 …そう言うことか。

 俺の中で組み上がった疑念が確信に変わった。
 孝信だ。診察が一日ズレたことも、ヤケに山崎が真実を含んでいることも。

「ごめん」

 だが山崎は、特に表情を変えない。ずっと必死で泣きそうな顔だった。

「俺には昔、家族がいた。だけど火事で、三人とも急にいなくなってしまったんだ」

 耳の奥で、炎が燃え尽きる音が蘇る。いまだに鮮明に思い出せる情景。

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