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「俺は、三人を置いて逃げたんだ。助けようとも考えなかった」
「藤村さん、」
「本当の事を言うと、火が上がった混乱の中で、皆死んじまえって思ったんだ。浮気を繰り返す両親と暴力を揮う兄に対して、むしろそのほうが幸せなんじゃないかとさえ思った。自分勝手な思い込みだ。
 一人逃げている途中、兄に足を掴まれた。
 兄が馬乗りになったとき、俺は薄れていく意識の中で、あぁ、兄が火を点けたのかと察した。何故そう思ったのか、原因があったのだろうけど、覚えていないんだ。
 起きたら病院のベットだったんだ。
 そして施設に入った。それからかな、孝信がよく接してくるようになったのは。ただのクラスメートだったのに、孝信は俺を哀れんだのさ」

 俺が友達を作ってもあいつはよくついてきた。そしていつの間にか、その友達たちは離れて行った。たまに、それでも遊んだが、何となくあいつ側について、俺を下に見ていると分かった。

 あいつの事だからどうせ、「あいつはいろいろあったんだ」とか言って容易に話のネタにしたんだろうと思う。

 俺は山崎の目を見た。こんな時に泣く女なんて当てにならないと、山崎以外の女に対してだったら思うだろう。だけど山崎は、自分の誇示や優越感もないように見えた。
 俺はそんな奴らとばかり出会ってきたんだと気が付いた。

「ごめん」

 俺もあいつも誰も、ろくでもないものだったんだと思う。

「分かっていました。
  本当は今日、この話を出すのをやめようと思っていました。あなたに想いを伝える引き合いに出したようになってしまった自分を、情けなく思いました。
 でも、居た堪れなくなってしまって、腹が立ちました。腹が立つ自分に、初めて気付いて、気付いたら、今日一日が何かもやもやしたんです」
「…そう」

 あまりにも、真っ直ぐだ。

「いつも通り、話をしてくれますか?」
「うん」

 そう返事をすると山崎は、今度は本当に嬉しそうに笑った。
 俺が断った女は、今まで彼女以外にいなかったんだと、この時初めて気が付いた。

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