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その夜、夢に変化が表れた。
俺は逃げている。足を引っ張られて倒れ、うつ伏せだった状態から力強く仰向けにされて。
兄が伸ばしてきた手が怖くて目をきつく閉じたのに。熱い手が俺の頬を包むように触れてきて目を開けた。
昔みたいに優しく微笑んだ兄の眼には、決心が浮かんでいるような気がして。俺は兄が全てを壊してしまったことを悟った。
「ゆき、」
最期に一言を残して、兄の背後に焼け落ちてきた柱がぶつかった。それを見て俺の意識はなくなった。だけど気付いた時は病院のベットで、髪や、荷物を入れる籠の中に入っていた自分の衣服には血が付着していたのだ。
ああそうだったんだ。どうしてずっと忘れていたんだろう。そして、ずっと記憶を捏造し続けた。
その方が楽だったんだ。自分を正当化出来たから。兄のせいにすれば、どうにか自分を許せる気がしたんだ。
縛られていたんじゃない、縛っていたんだ。
兄は一緒に死のうとしていたのではなかったんだ。
夜の闇が染みる。反射的に頬に触れても、涙の気配はなくただ冷たかった。
泣けなのはもう随分前から知っていた。泣いたところでどうにもならないということが身に染みているからだろうか。
なぁ兄貴。俺はあんたよりも遥かに年を取ったんだよ。
手を額に当てると、甲がひんやりとしていた。
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