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早速近藤と朱鷺貴が向かい合うのにまず、「握れるんだあの坊さん」だの「案外腰も据えてるな」と意外にも関心が生まれ、翡翠も「ほほ〜う」と眺める。
翡翠としては完全に人生初の剣術なるものに少々興味も持てる事柄。
「握れるって、握る言うんはどういう事なんです?」
その場にいたチビに聞いてみる。
「え?刀?」
「はい」
「少し刀身を右寄りにブレず」と言う近藤の指南が聞こえる。
「右手を鍔側、親指は鍔に付けないけど人差し指はつける…とか…?」
「そんなんあるんですか」
「…貴殿らは本当に素人だったんですか」
源さん(無愛想)、が表情も変えずにぼそりと言った。
「持ち上げて〜…下ろして」と言う近藤の指南と素振りの音が聞こえる。
「はい」
「…断ればよかったものを…」
「いや、あん人たちの押しが強すぎて流されてしもうた言う手合いです」
「完全な素人は初めてだよな流石に」
「それが完全な素人、でもなく」
「重っ」と言う朱鷺貴の弱音も聞こえる。
「まぁ確かにあんたはなんか違う気がすると言うか何の人なんですか?一体」
「ただの付き人ですよ」
「本当かなぁ」と割って入ってくるのは沖田だった。
「いえね、武人と言うのはわかるもんなんですよ付き人さん」
「…何がやろか」
「この人、なんか強そうだなとか、そういうの」
翡翠はここにくる前に「|娑婆《シャバ》のもんじゃねぇだろ」と、殺しの臭いがした浪人に言われたことを思い出す。
「まぁ、そうでしょうね。
ですがわては武人などと言う、立派なものでもありまへんよ沖田さん」
「へぇ?じゃぁなんですか」
「もう少し殺伐としています」
「そういうやつだと思いますけどね」
どうもこの男、引っ掛かるものがあるなぁと横目で見れば「あんたも見かけによらないね」と気さくに返される。
上手く手が読めない。
「それはご自身ではないではなくて?」
「はは、総司でいいです。なんとなく歳も近いでしょ」
「意外と見込みが有りますなぁ朱鷺貴殿」と言う近藤の楽しそうな声が聞こえる。
ぼんやりと眺めていても確かに、朱鷺貴は案外へばらず「ちょっとぉ、避けんなよ」と弱気なのか、いや気が強いと見て取れる。
近藤の大振りさに翡翠は「トキさん脇、脇」と少し声を掛ける。それにも回りは「お?」と言う反応。
「そういうのは見れば読めるでしょう、死なぬ気なら」
「はは、お前もどうやら筋はいいな薬屋」
土方がそう言ってきた。
「…実技とは確かにこんなとこでやるもんじゃねぇよな」
なるほど心得だけはあるらしい。
「あんさんはどういう心得で?」
「俺か?俺は武士になるんだよ薬屋」
「武士とは?」
「侍」
「ほう」
えっとあれなんだったけと、朱鷺貴に教わった7つを思い出す。
「…坊主の受け売りやけど、武士の心得とは7つあるそうな」
「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義、だろ?」
「…それってもしや常識なん?」
「いや、どうかな」
「八徳いうんもありますねぇ。
礼、義、廉、直、孝、悌、忠、信…と」
「そっちの方が坊主っぽいよな。テイってのはなんだ?」
「あぁそうかも。皆仲良くし助け合いなさい言うところやね」
「へ〜」
座って朱鷺貴の稽古を眺めている土方がふと、自分を見上げて間があるような気がした。
そうか、土方は自分の左側に座っている。位置的に右肩は目につくのだと翡翠は気が付いた。
だが土方は特に何も言わず、しかし気まずそうな訳でもなく自然にまた前を眺めるのにほっとした。
「朱鷺貴殿、それでは胴が空きますよ」
朱鷺貴はどうやら苦労をしているらしい。
なんやかんやと手管を指示する近藤に「じゃぁどうすんの肩とかぁ!」と反論しつつも朱鷺貴は楽しそうに見える。
「どうせならお弟子さんもどうですか?」
と、ふと翡翠に振った近藤に「ほれ!」と一本入れた朱鷺貴に「あっ」と言わずにはいられなかった。
何が起きたかわからない、と言った表情をした近藤。それを眺める仲間達から「うわぁ」だの「凄い卑怯」だの朱鷺貴に批判が聞こえる。
「えっと…」
「殺ったもん勝ちやろ」
入った肩を押さえて「痛ぇ」と呆けた近藤。誇る朱鷺貴。
非常に徳の低い。
「はっは!」と横にいた土方は笑うのだった。
「負けだな近藤さん」
「ふはっ、」
それに翡翠もつられて笑い、
「やりましたなぁトキさーん!この忘八ぃー!」
と声援を送った。
「もーいーだろ…」とげっそりして竹刀を立て凭れる朱鷺貴に「はいはーい!」と挙手をしたのは沖田だった。
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