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飯も宿も勝ち取った朱鷺貴が、江戸初日の記録をさてどこから書き記したらいいか、というか腕が上がらないんだけどと頭を悩ませているところだった。
「失礼します」
と近藤が、貸してくれた部屋まで出向く。
「はぁ、この度はどうも」
「いえいえ滅相もなく。お願い合って参ったのですが」
直入すぎて面食らう。
「えっ、なんですか読経ですか」
「江戸にはいつまで居られるか」
「決めてないけど」
「我が道場で共に学びませんか」
「いや、いいです」
「付きましては後日…え?」
「後日!?後日なんですか」
「善福寺に試合を申し込もうかと」
朱鷺貴はここに来る前に出会った浪人の言葉を思い出した。
「…剣術で有名だという場所ですか、東の」
「千葉道場をご存知か!そうですそうです北辰一刀流《ほくしんいっとうりゅう》の」
「いや聞き及んだ。確かに寺には用事があるが剣術は良く知らない」
そんなに有名なのかその寺。
却ってこの胡散臭い自分が入れるかどうか微妙だ、いや却って入れるか?寺子屋と道場を兼ねてるのか、もしや。なんでもありだな江戸、と頭がより混沌とする。
「江戸の三大道場ですよ。技の千葉、位の桃井、力の斎藤の、千葉です」
「ははぁよくわからない」
「我々も見聞してみたいと前々から思ってまして」
「えーっと…」
「如何ですか朱鷺貴殿」
押し、強し。
「いやぁ見聞というのは確かに我々の本業でありますが」
こんな時に限って従者は今部屋を出ている。
「はい、はい」
「困ったなぁ…」
ちらちら部屋を見回し始めた朱鷺貴に「おや?」と近藤は気が付いた。
「お付きの方がいらっしゃりませんな」
「ははぁ…土方殿の鉄扇をくすねようとしていたので返しに行けと追い出した矢先で」
「ははぁ、お付きの方も是非と思ったのですが」
「そりゃぁお付きだしそうなんですが」
「トシの所にいるのですね、一緒に探しましょう」
「えぇえ〜…。
第一、俺たち剣術出来ないじゃないですか、ね、意味ないですよねそれ」
「いや磨けば光りますよ」
なんの根拠なんだそれは一体。
「…きっと善福寺のお坊様は徳が高」
「ないない。片手間に副業を2つもこなそう等暇だからですよ近藤さん」
だってウチの坊主がそうだもん。片手間で薬撒いてるもん、あのジジイ。
「…それは固定観念ですよ。まぁ私には寺事情などわかりませんけども」
「でしょぉ?なので」
「しかし朱鷺貴殿も武士事情など知らないと見た」
…それを言われてしまえば確かにそうだ。反論の余地がない。
「…如何ですか朱鷺貴殿」
「…うーんと…あれです、従者に許しをもらわないと、ほら、付いていくからにはね、あいつにも発言権があり」
立場が逆転している。
自分の言っている矛盾に近藤すらも「はて?」となっている。困った、何気にあいつ、わりと重要だなこんな時には。
「…ま、わかりました。いやけれども行くのなら我々は「寺」だ。「道場」ではない。それも翡翠には話す…」
近藤が少し残念そうに「そうですか…」と言う。
この男は一体何のつもりだろうかと少し疑問も沸いた。
「…近藤さんは何故そうまでしてその有名な道場にあやかりたいのか」
「いや、まぁ…。
跡取りとしてそれは必要である、と言うのは建前で、単純に強くなり武士になりたいからです…かな」
「武士に?」
「男として立派でありたいと思う、いまはただそれだけなのですが。私はここの養子でして、その恩だってある」
なるほど。
転がっているものは案外単純だが、確かに芯もあるようだ。
「…まぁ何をすべきかはまだ定まっていないのかもしれないですな。私には私にしか出来ぬこともある」
道場の面子を思い浮かべた。
沖田の言った「大将の仇を」という何気ない一言に、そういった、信じたものを守るために己を捨てた道がある。
いや、その道が己であるのか。
さてそれは、一体何か。この男は少々気負い、執着している。
「では尚更俺は行けない、のかもしれないな。教えに反するのか…俺も道は開けていない。ここの皆より余程下等だ」
「…と申しますと?」
「いや、一宿一飯にもならないつまらん坊主の小言です。|無一物《むいちもつ》の教えを手に持つ、そのための修行ならばこれは「無一物」ではないだろうと。あんたには執着が絡んでいる」
「…はぁ、」
「そう言う教えがあるんですよ。親も祖も殺し教えを捨て、自由になれば己を持てる、光がある、というね」
「…私にはさっぱり」
「俺にもまだまだわかりません。地獄のような教えのように思う。あんたの仲間はそれに近いのか遠いのかすら正体が不明だ」
これもかつては師である幹斎の教えで、幹斎は禅からの教えだ。
『お前の中で儂が間違ったんなら殺されるも通りだ』
かつて幹斎が言った言葉に、すがりつく。
「大抵のことには変わりがありますよ近藤さん。貴方にしか出来ないことではなく、貴方がやりたいことなのではないか、と…やはり俺は口下手で頭も固いな」
しかし近藤は「やりたいこと、か…」と、少し考えたようだ。
「確かにそれは、朱鷺貴殿と相反するか、その道なのか、不明ですな」
「どっちでもある、という事でまぁ、それも見聞。従者を探してみます」
一蹴することもない。
これは単なる、気紛れだった。まさしく、同じ釜の飯、なのかもしれない。
何よりまずこの男、しつこい。
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