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中庭の縁側、少々猫背の背中を発見する。
その男、粗野な見映え、「学問なんてわかんねぇよ」などと言いそうな風体であるように見受けていたが、月明かりに何やら書物を眺め筆を持ち難しい顔をしているのだから意外。
さてどの程度の男か、なんだかんだで手を知らないと、翡翠が背後からひっそり忍び寄るが、全く気付かないのだからしょうもない。
翡翠は「何々?」と書を眺めるがそれで土方が「うわっ、」と動く間も与えず首元にピタリと鉄扇を当てる。
「こうやって奇襲されるのですよ、旦那。
えぇっと何々、“裏表 なきは君子の 扇かな”」
自作だろうか、もしや。この絶妙に下手な句は。
「ちょ、おまっ、」と抵抗しようとする土方の肩を押さえ鉄扇で顎を上げては「願ふこと〜 あるかも知らす 蚊取虫〜」と耳元で読経。
「てめぇ!」と、危うく土渕されそうになり少し退く。
振り向いて睨む男前と最後に見えた囲ってある「しれハ迷ひ しなけれハ迷はぬ 恋の道」に、「ひっひっひ!」と翡翠は笑ってしまった。
いまは夏でもないし男前めこっ恥ずかしい。囲いとかお気に入りかよ。
「色男 迷うんですなぁ 恋などと」
「うるさっ、おめぇ斬るぞバカ野郎!嫌味ったらしいわこのボケ!」
動揺しているらしい。これは鬼の首を取ったが如し、きっとこの人の地獄の歴史だと翡翠は「ひっひっひ」と笑う。
「んだよ、てめぇ!」
「いやぁこないにあっさり取れるとは思わんかった。ええやないですか先生」
「…もーいい死んじまえ」
「怖いなぁ、鉄扇返しに来たんやけど。お洒落やし本当はくすねちまおうかと思ったんですがトキさんが返せと」
「はぁ?」
とんでもねぇガキだこいつ。
「あんさん案外洒落てますなぁ」
「…悪かったな」
更には隣にちゃっかり座り、句集を手早く奪うのだから手癖が悪い。
「やめろやめろ本気でやめろ」
「ふうん、」
しかも「ふうん」と眺めるだなんてなんなんだと思えば「あ、ええやないですか」と言ってきやがる。
「…なにが」
「一句目とか。よう意味がわからんけど洒落てる」
「からかってんのか、返」
「あんさんなんで侍になりたいん?」
突如ぶっ込んできた。
翡翠は横目で土方が一瞬固まったのを見て取る。
「なんだ藪から棒に」
「先程の話ですよ。あんさん何故武士になりたいのかふと気になったんで」
俳句でもええやん、下手だけど。武士より遥かに個性的で愛想もあろうに。
だが、それは土方も聞きたいところだ。
「そう言うおめぇはなんで坊主になったんだい」
「向いてまへん?」
「向いてねぇな。手癖悪ぃし」
「まぁ刺青ですよね」
「洒落てるじゃねぇか」
「確かに地獄の歴史ですわ」
軽い口調で言うわりに少々黙ってからすぐに「しかも坊主やないし付き人やし」と、こいつはどうやら黙らないが語りもしない性分かと心得る。
「地獄の歴史たぁ言ってくれるじゃねぇか」
「わての話ですぜ旦那。あんさん疑り深いやろ」
「まぁ性分さなぁ。
俺はお前より多分単純だよ、強ぇ男児は格好良いじゃねぇか」
「はい?」
「なんだよ違ぇねぇだろ」
「まぁ…」
じわじわ効いてきた、強ぇ男児は格好良いじゃねぇか。
翡翠のツボを押してくる。
「なんやおもろい人っ!た、確かに違ぇねぇんですけど」
「おうよう、いざ女が目の前で殺されそうになったらおめぇどうする?助けるだろうよ」
「あはは!そりゃぁわかりやすい!」
「女に限らねぇけど。なんかねぇのかお前には」
「うーんまぁ、ない」
「そんなヤツがあの太刀なわけあるか」
「ありゃぁ太刀やありまへんで、ただの殺しや」
「…わかりにくい野郎だな」
ピタッと会話が止まる。
土方はそれでも面ばかりは確かに真剣ではあるし、自分も思ったよりは考えている。
「まぁ、似たような具合で」
「へえ、」
「わてもいまははっきりとはなんもないなというもんやけど、一応生業が坊主のお付きで。殺しはしたらいけないそうな」
「坊主は面倒だな」
「そのわりに逢仏殺仏、逢祖殺祖とあの坊主が言いましてな。
字が凄い。逢う仏殺す仏、逢う祖に殺す祖とな。いずれ全て捨て己を貫けと言うのだからおかしい」
「へぇ、なんだいそりゃ」
「さぁわからへんけど塾の先生よりはおもろいなと思いまして。神にすがっては光に辿り着かないと」
「坊主らしくねぇな」
「そんなところが良いのでしょうが、これは禅なんだそうですよ」
「だから自棄に捨て身なんか?」
「いや、」
言葉は詰まったようである。
「……不思議なもんで、わてにはそれが捨て身になる理由だと過信しましたが、そもそも、それがあるのも柵で、何をすれば良いかという具合ですよ」
「はぁ、難しいヤツ。だがまぁ言いてぇこともわかるもんだ。
俺も強くはなりたい、それは突き詰めりゃぁ守るもんとか、多分あるからだ。それの為に死んでもいい覚悟だが俺が守るためには実際死なねぇくらいに強くならなきゃならねぇよと」
「…あら、難儀な性格で」
「我ながらそう思う」
「けれどわてよか芯がありますね。ブレもないや。答えも出ているし」
「年の功だ」
「…あんさんは20と…6つくらいで?」
「すげぇな」
「あの坊主と同じもんで。まぁなんも及ばんけど」
そう言って翡翠はにっこり笑い、「はーあ!」と伸びをするついでに句集を土方に返した。
「たまには話もええもんですな。記念に鉄扇くださらない?」
「うんもーいーよ、やるやる」
ペラペラ一人で喋っていただけのようにも感じるが。まぁいい、たまには。
「お前ら何やってんの」と呼びに来た坊主と道場主に「はは、せんせーさいなら」と翡翠が鉄扇を翳す。
「さしむかふ 心は清き 水かゝみ」とな、逢仏殺仏、逢祖殺祖。見えぬもの、無になるべしと、ぶつぶつ心で念仏を、唱える。
珍しく面倒に興味を持ったもんだと奇妙な現象に心を、泳がせてみる。
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