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京、條徳寺。
「近頃京も物騒になりましてなぁ、浪人などが寺社を溜まり場にするんやて」
「そらぁ確かに深刻ですなぁ」
|和尚《わじょう》、幹斎が寺社奉行と戸の前で話し込む。
その矢先、顔に傷のある見慣れた男が見えたのだから、「はぁ、まぁ大変ですねぇ」と役人に集金を手渡す。
和尚の視線に気付いた役人が振り返る。
「ご苦労さんねぇ」
男は「島原の奥の|金鐘楼《きんしょうろう》。ついでに持ってってくれよ」と役人に集金を手渡した。
男娼宿の楼主、藤嶋宮治という男。
役人は「はて?」と首を傾げるが、
「あぁウチのお得意さんなんですわ」
しれっと言いのけ涼しい顔をする。
「まぁ、はぁ」と役人は去って行き、幹斎は溜め息を吐くのだった。
「何がお得意さんやねんな」
「冷たいねぇ。違ぇねぇじゃねえか。
ほれ、前回の」
そう言って藤嶋は袖口に手を突っ込むのだから「待て待て上がってからにせいや」と和尚が嗜めるも、
「はぁ?出張で来たんじゃねぇけど。別料金としてこの金はいらねぇって?」
「…あんたがこうだからあいつがああなのか全く」
「その俺の可愛い飼い鳥は今頃帰路の最中か?」
「それが漸く江戸らしい。取り敢えず玄関でいいか藤嶋」
「固ぇし埃臭ぇ冗談じゃねぇ。ウチならそんな持て成しはしないね」
「…食えぬヤツやな。どこでもいいから入ってくれ、わかるだろ」
「庭でいいよ、爆薬坊主」
相変わらず口も減らず遠慮もないヤツだと溜め息混じりに寺へ招き入れる。
途中で会った坊主に「縁側までほうじ茶を持ってきてくれ」と幹斎は命じた。
「昨日手紙が届いてな。暫く江戸にいるようだ」
「あぁそう。随分とゆっくりとしたもんだ、自給自足の闇鍋でも楽しんでるんかね」
「どちらも肉食だしな。だがあれは確かに生臭いが旨いんだぞ藤嶋よ」
「はいはいっ、と」
縁側に座り藤嶋は先程出しかけた銭入れを出し、小判5枚を「ほれ」と坊主に投げる。
金は投げるなという説法は出し掛けたが引っ込んでしまった。
「…こんなになったんか」
「あんたはまぁ4。羽振りの良い客がついてな」
「あんなんに?」
「まだまだ世間知らずな田舎もんなんだろ。試作にこんだけ出すなんて並みじゃねぇよ。
まぁこれすらあの放蕩ヤクザのお陰さね」
茶組み坊主が端に見え、和尚は即座に小判をしまう。
幹斎は茶組み坊主に礼を告げるが、藤嶋は待てずに口にしては「ヘタクソだなこりゃ」とすぐに湯飲みを置いてしまった。
「堪忍してや、昨今物価が高いねん」
「茶っ葉なんざその辺に生えてんだろ薬坊主ぅ。煎り方が雑だ健康に悪い。ゆっくりやるもんなんだよ、早死にするぞクソ坊主が」
「お前が言うと本当になるから言わないでくれ」
呪符の式神のような男。隣にいるのも本当はおぞましい。
「あんな使えんもんは騙し騙しでしか売れねぇな。たまたま今回は当たったがお得意さんもまだ知識が足りないだけのようだ。
あの坊っちゃんにしては良いカモを捕まえてきた。流石、腐っても狩人。まだ宴会は出来ねぇけどな」
「その酔狂な顧客はどこの誰なんだ一体」
「四国の下級武士だそうだ。土産ばかりがデカいのよ、」
「で?その土産話はなんだ」
「可愛い子供には旅をさせろとな。放蕩総代はその無名の放蕩武士と中国へ出航するそうだ」
「はぁ?」
「だから、土産ばかりがデカいんだよ。
土佐の坊っちゃんは好奇心旺盛。偏屈で胡散臭ぇ盲幕臣ともお友達になれたわけだ」
正体が少し見えてきた。
「幕臣?」
「あぁ。厄介事ばかり押し付けられていまや「海軍錬成」なんつーもんを仕事にしている変わったじいさんでな。“勝海舟《かつかいしゅう》”と名乗っているらしい」
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