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「坊さんも貪欲でんなぁ…」
「維持費とかあるんだろ。ウチみたいなボロ寺と訳が違う」
「というか、あれ、なんなんやろ感じ悪いなぁ。みんなお金払って飛び降りに来てるん?」
「まぁそーゆーことになるんだらろうな」
だいたい維持費ってなんだよ。飯代?
そんな一般的な考えなんて、やはりなんか案外徳とか、高くないんやない?みんな誇張してるんやないん?
そんな妙にひねくれた考えを持ちつつも、翡翠は朱鷺貴に着いて行くしかなく。
行ってみれば、木の柱が組まれた場所で、朱鷺貴が止まった。
「修繕中なら働けそうやねぇ」と言おうかというときにふいっと朱鷺貴が顎をしゃくったので翡翠としては「はい?」となり。
朱鷺貴が見上げた先、「あれだよあれ、」と言われて翡翠も見上げてみれば。
「高っ!」
高かった、舞台。
確かに死ねる。楽に死ねる。死ねなかったら相当痛い。いや痛いとかじゃない、死ぬ。
なんや結局仏さんかいな、殺伐としとるなぁ…とぼんやり思いふと足元を見れば、茶色い染み。
「うひゃぁ、」
変な声が出た。
これ、もしや血痕なんやないの?ホンマに誰か落ちたん?
初めて見たけどバカらしい。つくづくそう思った。何故こんな流行語があるのか、世論とは若干ズレていると感じた。
てか。
「踏んでしまったぁ!」
胸糞悪っ。
「あぁ血痕?なんなら俺んとこにもあるよ。ほら、そこにも。あそこにも」
「えぇえ」
そこら辺を指差しながら淡々と言う朱鷺貴の気が知れない。この人、所謂生臭坊主や…とつくづく思う。
「有名だからな。しかし寺来て死のうとは順序が逆だよな。死んでから来いよ」
「え、確かにその通りやけど」
「さて行くぞ」という朱鷺貴の背に。
心中させられたらどうしよう…と頭を過ぎる。
しかし、まぁ。
冥土の置き土産に髪を幹斎に預けた自分、これもある意味心中かと、少し腑に落ちたような。
一体どこへ行くのやら、正直朱鷺貴に宛はなかった。
先程小姓から聞いた奥まで歩いて行こうか。多分、本堂へは通してくれない。というかそちらに行けと言われたわけだし。
なんだ、その先にいるやつがなんか、そういった浪人でも諭しているのか?
まあ金を払わず最上僧に会えるならそれに越したこともない。
しかし、邪な的は外れることとなる。
釈迦堂に付き、中をちらっと覗いてみればまた坊主が寄ってきて。
そんなに怪しいのか、俺。
考えて翡翠を見て、確かに怪しいな俺達、と改める。
「誰ですか貴方は」
野暮なことを坊主は聞いてくる。先程効果の程はわかったがまたあの添え状をその坊主に見せた。
やはり「なんやこれは…」だが、こちらも覚えた。
「脱藩して一大決心にあそこから落ちようと思ったが金がない。
大門の坊主にここへ来るように言われた。頼む本殿に入れてくれ」
「あぁ、なるほど。仕方ない、おいでやす。
ただ、武器は預からしてもらいますよ」
あっさり行った。
しかし、なんだそれは。
「読めてきやした」
翡翠がボソッと言うのに朱鷺貴は「ん?」と耳を傾ける。
耳元に手をやり翡翠は、「浪人やらが本殿で暴れたんでしょ、きっと」と、それすら艶かしく言うのが朱鷺貴には苦笑しかでなかった。
根っから売り子だな。内容の割に、まるで床に誘われた気分だよ。
しかし翡翠に自覚ないらしい。
まぁ、そんなことはいい。
「わかった。ほれ」
朱鷺貴は坊主に刀を渡す。促すように翡翠を見やれば、「やれやれ…」と、短刀、それから何やら体をまさぐってひとつひとつ武器を外していく様に、思わず小姓すら目を背けた。
なんというか、絶対にわざとこいつ、艶かしさを出しているだろう、これ。あざといなぁ、生足の出し方とか。つくづく性根が腐っていやがると最早感心した。
お陰で翡翠はひとつの短刀を隠し持てたらしい。殺生な。
俯いたまま小姓は「どうぞ…」と言い、それから奥の“釈迦堂”へ案内してくれた。
最奥にある釈迦堂。
暖簾の向こうには釈迦が見え、しかし特に物音はしない。
「東禅和尚、」
小姓が呼び掛けるも、返事はなく。
「あぁ…今瞑想中やろうかねぇ」
「はぁ…」
だがすぐ、暖簾をかき分け「なんだ|曜禅《ようぜん》」と、案外若く見える和尚が現れ、一行を眺める。
右頬に、最近付けたかのような刀傷があった。頭は丸めてるからいまいちわからないが朱鷺貴的は35歳と予想した。
「あの、和尚様、こちらのお二人が…」
「あぁ、いつものか」
確かにこれなら、武器を取り上げるのは正解だろう。しかし、なら何故こいつは切り付けられたのだろうか。
東禅という若い和尚は、愛想もなく朱鷺貴と翡翠を、頭のてっぺんから爪先まで見、しかしまだ無言であった。
仕方なしに朱鷺貴が「仕事を探しております」と切り出すことにした。
「條徳寺から参りました。和尚、幹斎からの命によりまして巡業中の身の上でございます、南條朱鷺貴と申します。
これは私の連れ、翡翠という者にございます」
「…本堂へ通してもらえなかったのか」
「はい」
一応三度目、意味はないだろうが添え状を東禅に渡してみた。
東禅はじっくり読むような姿で「確かに」と呟いた。
「確かに、本堂へ行ければ仕事自体はあるだろうが、添え状を見る限り、お主らは修行僧らしいな。
こちらの幹斎様の腹は正直図り知れぬ、というのが私の見解だ。お主らとて、わからぬままにここに来たのだろう」
「まぁ…お恥ずかしいながら」
「少々お待ちなさい」
そう言うと東禅は、また釈迦堂へ引っ込んだ。
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