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待っていれば東禅はすぐに現れ、一枚の添え状を寄越してきた。
「いいだろう。私が一つだけ仕事を与えよう。
この添え状を持ち、清水を降りた“高台寺”という寺に行け。
あの秀吉公の正室、北政所が出家し建てた寺だ。宗派が違う故、少々当てられるだろうから、気を張って行け。
私を切り付けた残党がそこに匿われていると聞いてな」
「残党?」
「そうだ。おぬしら、故に私のところへ追いやられたのだろう?
最近、面倒そうな浪人は皆、門で私のところへ来るように言われるらしい。一花咲かせる前の運試しで舞台から落ちる者がまた増えてな。
切り付けた若者を匿う坊主はどうやら、私が俗世にいた頃に、今や勤皇と呼ばれている水戸学の師範だったそうだ。
まぁ、佐幕派浪人には私は好かれない。俗世を捨てた今、そんな柵など、私には関係がないというのにな。
坊主には世論はわからん。脱藩浪人とあればとにかく私へと、安易な発想だ。しかしここは寺だ。どんな者でも受け入れる。
血気盛ん故か、恐らくあの若者は佐幕派だったのだろうと思うが」
いまいち掴めないのだが。
「で、何故俺らがそこへ?仇討ち?」
「どうもキナ臭い寺だからだ。私の元へ来た浪人達がどうも帰ってこないようで。
旅をしている世間知らずとあれば、あれがどういう場所か見てくるがいい」
色々と、よくわからないぞ。
しかし案外翡翠は「なるほど」と言うので、正直全然、経文より意味のわからなかった朱鷺貴は「はぁ」としか言えずにいた。
そもそも朱鷺貴には勤皇はわからなく無い単語な気がするが…砂漠?状態であった。
流石に朱鷺貴がぽかんとしていたので、このままこいつを送り込んだら恐らく「サバクと勤皇ってなに?」とか無礼なことをぬかしてしまい、「貴様愚弄しているのかぁ!」と、バッサリ残党だか、残党を匿う物好きな寺の連中に斬られて死んでしまうかもしれない。そう東禅は思い直し、「…お前大して話をわかっていないな」と詰める。
ぎくっとした。
なんせ朱鷺貴が寺に入門したのは12,3歳。まだまだ黒船も来航していないままに世政が終わっている。
言うて、入門して4〜5年ほどで黒船が来航し再び狐狼狸が流行り、寺に来る遺族やらが「異人が病を持ってきた!」と騒いでいるのを聞いてはいたけれど、やはり自分事ではなかった。
それですら|嘉永《かえい》6年(1853年)からの3年は地獄絵図のようで、嫌でも狐狼狸の死骸は見た。
あの時期の朱鷺貴は全体的に精神病み気だった。
そんなこんなで、確かに朱鷺貴は幹斎が言うところの『世間知らず』ではある。
しかも反抗期。「異人が病を持ってきた!」に対し、
は?別に違くね?
が頭の片隅にあった。
そんな男が最近流行りの“佐幕”がどう、“勤皇”がどうとか、詳しく知るわけがない。
東禅は「やれやれ」と言い、それから仕方ない、とばかりに口を開いた。
「基礎知識としてだ、世間知らず。
坊主なら字はわかるよな?
“佐幕”とは補佐の佐に幕府の幕だ。読んで字の如く、徳川幕府の補佐、の考えだ。
勤皇とは」
「あ、それはわかりますぜ流石に。天皇を敬うやつ」
「うんまぁ、それだ」
「それさえわかればいい?」
「うーん、もっと難しいな。
例えば尊皇攘夷は、天皇が幕府の仕事を与える、だから幕府も天皇も敬う。天皇が敵と見なせばそれを排除するという思考だな。
元々攘夷という言葉は、12代将軍が異人嫌いで有名だった、だから異人を排しよう、というものから生まれたのだが、現在はそれから様々な解釈が生まれた。
まぁ、先に言った天皇と幕府の敵は許さん!という感覚だが、佐幕は幕府にしか従わないし、勤皇は天皇にしか従わない。
そしてこの、仲が悪い二つを掛け合わせよう。これが所謂、公武合体論だな。
幕府はいまや井伊直弼の爆走で異国と組もうとしているが、天皇も異人が嫌いだ」
「せやから井伊直弼は嫌われとるんですわ」
「あぁ、はあ…」
「ざっくりした説明だがな。
しかしわりと今、日本はいま異国に押され気味だ」
「ははぁ〜」
「まぁそれだけわかればなんとかなるだろ。下手なことは言うなよ、若造」
というかそれ。
「坊さんなんでわかりませんで通」
「アホかお前。私は勤皇だと思われている。それの遣いとして佐幕かもしれないやつらにお前を送り込むんだぞ」
「あ、そういう…」
「あとは口上うまくやれ」
「待って!でもさぁ。
じゃぁあんたはその…所謂なんなの?なんで俺を送り込むの?公武合体?てこと?」
「お前が巡業中なら、私が興味を持ったことに遣うだけだが」
「俺たち危ねぇじゃん」
「あと寺が隣だから怖い」
「あーね。わかった。
やっぱ最終的には「ぼーさんだからあの人なんもないよ」で」
「はぁぁ〜…」
東禅は溜め息を吐く。
もういいわこのアホ。
「とにかく行ってこい!」
閉め出されてしまった。
つくづく朱鷺貴は思う。なんで偉い坊さんってみんなこうなの?と。
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