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先程はかっとなってしまったな。
何をあんなに熱くなったのだろうと水浴びをしながら翡翠は考える。
多分姉やらを思い出したのだ。
姉もああして隔離されて死んだ。本当は淋病《りんびょう》なんて、治るのに。
母は目が見えなくて苛められたが、それに気付かなかった。
思い出していけば頭が痛い。
全て済むまで自分はあの日押し入れで「出るな」と言う父の殺される背中を見た。あのとき、自分に勇気があれば、そのまま連れて行かれた姉だけでもどうにか、
いや、水浴びの意味がない。心があまり鎮まらない。
そんな時に|襦袢《じゅばん》が透けて目に入る肩の藤が忌々しい。
学がないのなんてこの事だ。死にかけた自分を初めて拾った男を思う。あの頃は瀕死の自分を救った藤宮を信じ、そしてただの殺し屋に成り下がった。それは自分に学がなかったということだ。
しかし悔いはない。お陰でその拾ったヤクザからは脱せたはずだ。結果行き着いた藤嶋から少し医学を学んだのだから。
自ら変えようと思わなければ、何も変えられないが、確かに流れには逆らえない。
それもきっかけであの店に入ったのだから。
あの小姓に言えた口ではないが、まぁ本心かと漸く翡翠は思えた。
流れを掴め。
これは世論、学なんかより単純に自分の利己主義だ。
「近頃はヤクザ者と浪人ばかりが彷徨いてたまりませんなぁ」
後ろから声がしてはっと翡翠は振り向いた。
最初に出会った感じの悪い…西運と2人の小姓がいた。わざとらしく「あぁ、あんたでしたか」と西運が言う。
「何か、ご用でも?」
翡翠は水から上がり、平然と3人に聞いてみる。
「あんさん、ヤクザさんなんですね」
透けてしまったか。
しかし、まぁ。
「足を洗いました故」
「しかし外聞悪いなぁ」
うざってぇ。
しかし仕方のないことだ。確かにろくなことはしてきていない。
「最近ウチにちらついてるヤクザやら浪人はあんたらの差し金ですか?」
「…なんやそれ」
「正直困ってます。あの坊さんもなんや、そう言った寺に出入りしてるんですか?」
「違いますけど」
「じゃぁあんたはなんなんですか?」
それを言われてしまうと。
「…従者ですが」
「なら、」
「足を洗い仏門に入ることはいけないことですか」
「信用出来ませんね。
この前来たヤクザなんかここに火を点けようとしました。皆もそれに怯えてる最中、浪人が訪ねてきて泊めてくれと。まぁ、何を言っていたかいまいちわかりませんでしたので追い返しましたが」
なるほど。
だから坊主を歓迎したのか。
「しかしなんだぁ、がっかり。あの坊さんもそうですか」
「…無縁です」
「どうやって信じろと?まぁ幸い、あんさんのソレ、知ってんのはあの坊さんと私ども3人ですね」
なんだよ、それ。
「…好きにしてくださいな。そんなの寝首にもなりませんよ」
「そうですね。しかし広まればどうかな。寺一丸となってあんたらを追い出します」
それは未来がないじゃないか、あの和尚にも、関係のない朱鷺貴にも。
「わて一人が寺を去ればいいのやろか?法師さん」
「それじゃおかしな話でしょ」
「何がしたいん?金ならありませんけど」
「黙っといてあげますよしかし、」
睨まれた。
こいつなんか企んでる。
「まぁそう怖い顔しないでください。役者面が台無しじゃありませんか」
川岸まで西運たちは歩いてくる。
取り囲むように翡翠を見て、薄ら笑いで言った。
「ちょっとした鬱憤晴らしに付き合ってくださいよ」
そう西運が言えばふと翡翠の肩に触れ、襦袢を下ろしたので。
咄嗟に翡翠は「ふざけんじゃねぇよ」と西運をぶん殴ろうとしてしまった。
しかし小姓に腕を取られて失敗。そのお陰で手を引っ張られ、膝をつく。
苦無を外していなければ恐らくぶっ殺していた事案である。そう考えたら意図せぬうちに翡翠は力を抜いてしまった。殺してはならないと脳内で働いたからだ。
後ろ手に取られ拘束される。
なにこれ一体。
着替えやら道具がまず遠いなと、ふと右を見てまた前を向けば思わず「へ?」となった。
あまりに眼前だったので判断に遅れたがそれ、見覚えはあります。男根ですねぇと頭の中で一人翡翠は言う。
鬱憤晴らしてそれかいな!マジか坊主と翡翠は唖然とした。いや、この構図、ちゃんと男娼時代に覚えはある。慣れてますけどマジか坊主とやはり唖然。
てか互いにろくでもなっ。
とか頭が混迷したところで「いかがでしょう」と言われた。
「はっ?えっ!り、立派に興奮なさってま」
「旨そうですか」
「全然やけどあれっすか、口淫しろみたいな感じでっか」
「お察しが良い」
「えーの!?それえーの!?」
確かに寺って。
男色やけどと偏屈が翡翠を過る。
「困惑したお顔も素晴らしい」
そして学があるとこんな誘い文句なの? 凄い頭悪いと批判。というか拒絶。
いやこれが客なら、
「あらあら、全くもう、溜まってらっしゃいますね」
なんやけど、お前招かれざるやし。いま多分わて禁欲とか言われそうなのに徳が高けりゃえーの、それ。
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