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「してくれたら黙っています」
「えなんやそれ待って、この人らには頼まな…ちょいちょい、近づけないでばっちいなぁ!」
「坊主なんて皆こうです」
「いやちょっ、お前離せまず、まずぅ!」
「あとは皆顔が同じに見えて可愛くないのですよ」
「わかるけど!」
「あんた可愛い顔しとるし」
「え、えぇ!?多分髪があるかないかの違…待ってぇ!寄らんでほんまに嫌や!」
「嫌がってますねぇ、あははそそる」
「変態やないか!」
「西澄、空貝、最早押さえつけなさい」
「わかったぁ!そんだけはやめてぇ!そっちのが嫌や!」
「なにぃ?うるさい人、ほれ、」
「うぉぅ、マジか」

 空いていた左手で取り敢えず西運の男根を握って顔から背けた。

うわ触ってしまった。いま水浴びしたばかりなのになんたること。

 しかし西運「あぁん」と、
 え、もうこれどないしたらええん?ホントに口淫するべき?

 恐る恐る翡翠は上目遣いで西運を見つめ、左手を動かしてみれば「焦れったいわぁ!」怒られる。

 うぅ、これも一種の凌辱だぁ。なによこれ。

 仕方ないと「ふぅ〜…」と息を吐いて精神統一。

 よし仕事だと、先をちょっと唇に含めば言い知れぬ憂鬱が襲ってきた。やはり、郭を思い出す。

 隣で小姓二人が息を呑んでまじまじと見ている。

 見んなよハゲぶっ殺すぞ無理だけど。

 もーええわと翡翠は開き直り、目を瞑って郭時代を思い出す。

 ははぁ、嫌やほんまに死にてぇな。舌と一緒に噛み千切りたいわと舌を這わせる翡翠の姿が妖艶だったらしい。「ははぁ、」とか「素晴らし…」と聞こえるのすら泣きたくなった。

 なにこれろくでもなっ。

 そう思った瞬間、西運にガッツリ後頭部を掴まれた。ヒヤッとした。

 流石に一度口から離して「勘弁してください」と翡翠が述べるが、興奮しきってて相手は聞いていない。どうしよ、しかし頭は掴まれただけ。大人しく、もう一度ソレを食んだ時、

「遅くねぇかおい翡翠!」

 朱鷺貴の声がした。
 全身の血の気が引いたが、焦った西運にがっと突っ込まれ「うぇっ、」と翡翠は嗚咽した。

 振り向いた西運の隙間から。
 唖然とした朱鷺貴が見えた。

 …最っ悪。

「…おい貴様らなにしてんだ」

 声に覇気ねぇし。

 しかし聞いたらしい西運、引っこ抜いてソレをしまい、「いや、」と狼狽えたので

「たっ…助けて犯される!」

 翡翠は朱鷺貴に叫んでみた。

 それを聞いた小姓は手を離し、朱鷺貴は糸が切れたように、というか唖然から怒気で、

「てめぇら何してやがるこるぁぁ…」

 巻き舌で低く言ったのも束の間、駆け寄ってきて西運の胸ぐらを掴んで言う。

「調子こいてんじゃねぇわ糞坊主ぅ!」

 がしっと。
 朱鷺貴どうやら殴ってしまったようだ。
 倒れた西運が「ひぃぃ」と沸く。

 それから朱鷺貴しゃがみこみ、西運にガン飛ばして「人の従者に何してくれてんだぁ、おい」やっぱり殴った。

 朱鷺貴は立ち上がりゴミクズを見るような目で西運を睨んで言う。

「文句があんなら俺に言えやコラ。小姓苛めだなんて小癪で品がねぇんだよ糞が、いっぺん棺桶入って朝日を拝めや生臭坊主。
おい翡翠立てぇ。立てるよな立てねぇならコイツらぶっ殺」
「た、立てまぁす!あ、あいい!」

 あまりの朱鷺貴の形相に、全部頭から吹っ飛んで翡翠はぴょんっと立ち上がった。そしたら若干肩から着物が脱げたとか、気にしない。

「着替え取って来ますぅ…」

 少し離れた所にあった着物を取りに行けば後ろで西運と朱鷺貴の、「うっ…訴えますよ」だの「あぁん?」だの聞こえてくる。

 早々に立ち去ろう。そう考えて、

「トキさん寒い!早く戻ります!」

 意味のわからない日本語を発しながら翡翠は朱鷺貴の元まで急ぎ、それから朱鷺貴の腕を掴み、まるで持ち帰るように引っ張った。

「なっ、」
「えーからぁ、殴っちゃあかんでしょバカぁ!」
「お前なぁ!」

 朱鷺貴が翡翠の腕を振り払った。

 てゆうか寒い。

 鼻水が出てきたので翡翠は、最早換えの襦袢で拭いたが、何故だか朱鷺貴は狼狽えたらしい。
 「ちょ、泣くなよ」と言ってきた。

「違いますは、鼻水が…」
「はぁ…?」
「ひっ…ひくしゃぁ!」

 親父臭ぇ。
 唖然として朱鷺貴は思った。

「あーもう服着るあかん寒い死ぬ。労咳になる」
「は、はぁ…」

 で、その場で濡れ襦袢を脱ぎすっぽんぽんの上から替えの襦袢(鼻水)と着流しをちゃっちゃと着るもんだから。

「あの〜…えぇっと〜」

 こいつの何から訂正したら良いか最早朱鷺貴はわからなくなった。

「なんですか!」
「いやぁ…色々頭を整理して聞きたいことを聞くまでの一句。
 バカじゃないのお前」
「一句やない」
「違う、うん、いやそうなんだけどお前まずなんであんなことになったの」
「はぁ?
 いや水浴びしてたらなんや来て「咥えろ」と」
「え待ってなんでそんな精神ちゃんとしてんのお前」
「ズタボロですよなんなん坊主滅べよほんまに」
「え、え?」
「わてがヤクザなのが気に入らなかったんでしょ!ったくぅ…」

 朱鷺貴は把握した。

 漸く俯き、どうやら恥じらっているらしい、しかし濡れ襦袢で口やら舌やらを拭っている翡翠に取り敢えず「大丈夫か?」と朱鷺貴は声を掛けるが、
 色々振り返って精神的に病みそうになった翡翠には染み、「うぅっ…」ついに泣き始めたらしい、肩が揺れた。

「なんなんさほんまにぃ…」
「は、はは…」

 思考を一周回って最早笑えてしまった。

「ふふっ…ははははは!ナニソレお前天才」
「もっ、う、うるさいわぁ…うっ、
酷いほんまに。わてただただ…」
「はいはいバーカ」

 ふらっと朱鷺貴に抱きしめられ、頭を撫でられた。

「は?」
「まぁ傷付いたのは仕方ないよな、全く。
どーせ殴っちゃったし発つか。もう労咳についても書いたし」
「は、え、な、」
「な、身分とか超うぜぇよな。だからまぁ、後は八景に託そう」
「え、だってそれって」
「別にお前の所為じゃねぇし。お前がヤクザだって男娼婦だって結局旅しなきゃいけねぇもん」

 漸く翡翠が顔を見上げれば、にかっと朱鷺貴は笑った。

「嫌だったんだな。悪かったな。俺さっき見つけたとき「男娼婦だもんな」とか少し思ったわ」
「え、いやぁ…」
「でもどうせお前だってそう思ったんだろ。じゃ、俺と変わらんな」
「えナニソレ」
「自分を易々見下げて苛められてんじゃねぇよアホ。余程嫌ならちゃんとしろよ」

 そればかりは真面目に言われた。
 まぁ確かに。

「あい…すません」
「俺は別にお前のそーゆーのとか気にしないわ。気にしてたら旅なんて出来ねぇんだよ」
「あい…」
「だからお前も坊主がどうとか気にすんなよ大差ねぇからヤクザや男娼婦と!」
「え、それ偏屈…」
「いいから行くぞ!気分悪ぃ。
 八景に薬渡して去ろう」

 肩を叩かれ促された。

 あぁそっか。
 諦めたのが悪かったのかと翡翠は少し反省をした。自分を、どこか諦めてきた。それはあの和尚と変わらないや。

 しかし最後にひとつ言おう。

「すませんでした糞坊主ぅ!」

 翡翠が頭を下げてから笑えば、朱鷺貴も笑って「はいはい糞野郎」と答えた。

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