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適当に少し離れた宿屋に入り、取り敢えず落ち着いてから部屋に食事を頼んだ。
しかし食事が来てからも互いに話すこともなく、黙々と時間は過ぎていく。
確かに気まずいのだが、朱鷺貴はあまり何も考えていなかった。事態を深刻には捉えていない。
翡翠の方が案外、少し俯きがちである。
しかし互いに何かを待つわけではない。
ふいに目が合ったとき、朱鷺貴は沢庵をポリポリしていたため、
チンピラのようだな。
そう翡翠が思うほど朱鷺貴の目だけは、やはりはっきりしていた。朱鷺貴が何を言いたいのか翡翠に汲み取れないのは、事実、朱鷺貴は翡翠からの言葉を待っていたからだが。
「少しは落ち着いたか」
低い声と沢庵のポリポリ。場は静かだ。待てなかったのはどうやら朱鷺貴の方らしい。
「…まぁ、はい」
「そうか。取り敢えず明日には発ちたい」
「そうですか…」
「気にしてんのか、案外」
何ともない声色で言う朱鷺貴は、確かに声色通り、平然として見える。
「…気にしてるって、なんですか」
「寺のことやら色々。お前いま何を考えてる?」
「別に、」
翡翠にとって、こんなことはいくらでもあったことだ。昔から、自分が拾われた先のそこでは平気なこと。だからこそ。
「お坊様に言うのもなんなんですが、わてかてあれくらいの所業はしたことがありますよ」
自棄になる。
「あそう」
「何も考えず生きた心地すらありませんが。特に執着を持たずに今まで生きてきて…」
何故こうも。
「正直、ヤクザも娼婦も小姓も大差ない。全ては流れてしまうんだと」
「その割には感傷的だな、お前」
「そう見えますか」
「あぁ十二分にな。俺の方がお前より冷たいかもな」
そう言うと朱鷺貴は手を合わせ、「ごちそうさまでした」と言い、膳を廊下に下げる。それを見ていて翡翠は、食欲すらなかった自分に気が付いた。
「食えないのか」
「まぁ」
「多分腹減るぞ」
「うるさいなぁ、」
いちいち突っ掛かりがあるのが恐らく交友かと思い、意地で一気に膳を食えば「はっは、大丈夫かお前」と朱鷺貴に笑われる。
「ごちそうさまでしたっ!」と意地になり全てをたいらげて廊下に膳を下げる。
朱鷺貴は少し微笑みながら、食後の茶を入れ翡翠にも渡した。
翡翠が手元で少し茶を冷ましていても、特に朱鷺貴は気に掛けてこなかった。
「世知辛い世の中らしいな」
「…まぁ、」
しかしその一言と、笑みの割には感慨深い表情で茶を濁す朱鷺貴に、
やはりこちらも気にしているのかと翡翠は察する。
「トキさん、」
「ん?」
「…その、すまへん」
「何が」
「だって…」
「いや大方お前が気にしていることはわかる。兄貴の所業だろ。何故お前が気にする」
「それは…」
兄は恐らくああは言ったが、流石に近江まで追ってくるとは思わなかった。
あの兄は共に生活をしていたころからどこか猟奇的であったように翡翠には思える。非人道的に、自分の事となれば容赦がない。言っていた通り、商談だとすれば恐らくそれはついでの用事でしかないのだろう。本来は自分を追ってきた、ここが真相だろうとは思うが。
「若様は恐らくわてを追ってきたんです。商談や金や言うてましたが、それは付属でしかない」
「…だろうね」
「わかるんやったら何故わてを手放さなかったのか、あの、諸悪の根元がわてならどれ程の犠牲を払ったか」
「その気持ちも大いにわかるが、わからんな。何故お前がそれ程自責を負うのか」
「だって、」
「弱い者は何れそうなる。これは教えだが。それが天命とは言わないが、己と他人を引き換えにするならば己を出すのが条理だろ」
「…あんさん、坊主の割に冷静ですね」
戯れ言のような悪口しか出てこない。案の定「かもねぇ」と朱鷺貴に軽い口調で返された。
「だがお前のせいでも俺のせいでもないなら仕方がない。明日経でも読みに行こうか」
「あの、」
「気に病まない訳じゃねぇと言いたい。だが俺には何も出来ない。なら目の前をまずは片付けなければならない。だからこうして話しているんだろ、お前だって」
それは少々強引だが、わかりにくくも情だ。翡翠にはだからこそこの男が読めないでいる。
「…別にあの場でわてを置いて行こうが、寧ろその方がええやないですか」
「はぁ、何故?」
「だから、」
「お前従者の割に頭が悪いな。俺が良いと言ったら良いんだよ」
「はぁ?」
「これ以上に言葉がいるか?
大体従者のくせにな、共に歩む者より先に逝こうだとか胸糞悪いんだっつーの。俺はそういうのが嫌いなんだよ」
「はぁ…」
「ただそれだけだ、意味なんて他にない。遠くで燃えてる寺なんかよりその方が気分が悪いんだよ」
それはそれで。
素直な煩悩だなと翡翠は思えた。つまりは「わかんねぇよ」これは己に向き合ったと言うことか、と朱鷺貴の心中を解釈した。
確かに自分だって、結局どうなのか、自分の心中がいま「わかんねぇよ」になる。この男と違い少し、解釈に刻が掛かる。
何故、自分の心中より相手の心中程わかるのか、相手を考えるのか。
朱鷺貴の気質は自分にはないなと翡翠は考える。結果自分の身の振りより相手の命を取ったこの男の煩悩。純粋に己が胸糞悪かった、人の命に、とは。
互いに似た人種なのかもしれなくて。
「…少々貴方が解りません」
「俺もだ。お前のことも自分のことすらわからん」
「修行が足りないと言いたいのですか」
「そうだな」
漸く心底朱鷺貴は笑った。
はっきりと笑えることに、スッキリした。
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