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…それはなんだ、一体。
翡翠と名乗った者はふと笑い、煙管を出して吸い始めた。
…薬屋とは本当らしいが、高価な物を堂々と寺で貪る程の者だった。他の者を下げてよかったと朱鷺貴は自分の判断を肯定した。
「さっぱりと言うた顔ですなぁ。まぁ、そうでありましょう。わてもここへは初めて伺いました故」
「…和尚に何用だと」
「よかったらお通し願いまへんかね?お宅の和尚様やあんさんに用事があります故に」
「通すかどうかを今、決めるために聞いているんだが」
「……あちらの廊下の影、覗いた方がよろしいかと。
わてが先ほど口上滑らせた“若衆宿”が利いてしまいましたかねぇ」
後半、まるで煽るように廊下へ向けて言う翡翠に「待て待てなんだよ一体、」と朱鷺貴は翡翠の腕を掴み立ち上がらせた。
「あらイヤや、なかなか傲慢な殿方でいらっしゃる」
「…俺にはそーゆー身に覚えがねぇ。なんだ、ジジイのとこに連れてきゃ良いんだな」
「あい、お話が早くて助かります」
にかっと笑ったそいつに、こいつなかなかな策士だと肝を冷やす思いがした。やりおる、こいつやりおる。
「わかったからまずは煙管をしまえ」
「あいあい、」
最早爛々としている翡翠を少し睨み、わざわざその“廊下”へ引っ張って行く。
翡翠が言うように、盗み聞きをしていたらしい坊主達に一瞥をかましたが、翡翠は飄々と「聞かれてしまいましたねぇ、」だなんて言ってくる。
一言、イラっ。
こいつを殴り飛ばしたい衝動が沸々と朱鷺貴の腸に溜まる。
「うるせぇ黙って着いて来いよ全く、」
「あら暴漢。お坊様にしては殺伐やありまへんこと?」
「生憎とそれほど信仰心もなくてね。こんなん食い扶持でんな、お前みたいなもんだよ煙草屋ぁ、」
「それって、」
「くっくっく」と笑ったのがわかる。笑いも堪えず、「墓穴言うんちゃいますぅ?」と、ムカつくことこの上ない。
なんなんだこの男娼煙草野郎。こういう会話が上手いのはこの界隈の最早癖、身から出た性癖だ。
我ながら偏屈な理論だが間違っちゃいないと再び朱鷺貴は自分を肯定した。
こういう飄々とした奴への対処を朱鷺貴は知らない。
明朗過ぎる。寺はお前ら[#ruby=陰間_かげま#より遥かに陰湿な意地悪さがあるんだわさ、と一人悶々と心で唱えた。
しかしこいつは明朗だがどこか陰険だ。やはり男娼、侮れん。
勝手に翡翠は朱鷺貴の中で“男娼婦”となったが、これはこれで翡翠は楽しく見守ることにした。
お坊様とは頭が堅いが単純だ。煩悩に弱すぎると腹底で笑う。
若衆よかある意味陰湿。しかしわかりやすい生き物だな、と翡翠には思える。
何故なら実は翡翠は見映えに反し、ある意味で男娼ではないからである。よく陰間役者と間違われるそれを利用し滑り込んだお寺。目的がなければこんな面倒は御免である。
何より寺という、妙な道徳が厄介だ。それは朱鷺貴も翡翠も同じ刻に感じた。しかし互いに素性を崇拝していない。これは得てして妙で、噛み合わせが良いらしい。
ふらっとあの広間を覗けば壮士と目が合う。二人を見ては視線を外し肩を震わせていた。
「あん人、感じが悪いでんなぁ」
翡翠は朱鷺貴の肩に緩く手を当て、朱鷺貴が振り向いた矢先で耳元に呟く。そこで翡翠は朱鷺貴の泣き黒子に気が付いた。
その目が細められ「全くだな」と呟いた男に、また翡翠は「ふっ、」と、別な笑みを浮かべる。
「あんさん、ご友人いらっしゃいますぅ?」
「は?」
「いやぁ正直な方やなと思いまして」
「あそう」
また無愛想。
それから角を曲がると朱鷺貴は面倒そうに、突き当たりを指し「ほれ」と振り向く。
「あそこがジジイの部屋だ」
「あらぁ、まるで離のようですな」
「そうだな。城と呼んで欲しいらしいがな」
その朱鷺貴の不機嫌さに翡翠は「けっけ」と笑いながらも、間取りを頭の中で組み立てた。いざ行かんとする先からの脱出経路やなんやらの雑把なものだ。
「おいジジイ、客人だ」と幹斎へ一応の声掛けをするが、返事も待たずに襖を開けた。
ジジイこと最高僧幹斎和尚は、待っていたかのようにこちらに対峙していた。
しかし客人を招くようなものではなく、行儀悪く胡座で片膝を上げ、「なんや朱鷺貴、」と怠そうに言うが、朱鷺貴の後ろにいる、なんだかようわからん陰間役者のような顔立ちの薬売りに男に面食らったような表情。
その薬売りはどうにも挑戦的な目付き。だが口元は微笑み「お初申し上げます」と言ったのだった。
…美男だが、どこか……。
殺意に似たものを感じ取り、幹斎は少しだけ背を伸ばした。
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