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「んで?」

 急に話題を、酷く乱雑に朱鷺貴から投げられた翡翠はあまり受け取れず、「はいぃ?」と、返してしまう。朱鷺貴の結論は「そのせんせーだよ、せんせー」だった。

「あぁ、はぁ。佐久間先生ですか」
「どうだった?」
「どうだった、とは?」

 大して面白くもないから抜け出して遊び呆けているんですが。というか全体的にこの坊主、「主語」を学んだ方がいいのではなかろうか。

「いや…、あまりに寺の者が“素晴らしい”だのなんだの、最早宗教のように勧めてくるんで、どんな人かなと」

 朱鷺貴はどうやら墨を持っている。あまりに録へ書くことがなかったのか、なんなのか。

「はぁ…まぁ、凄いのか、なんなんかはさておき、あんさんよかぁ話の上手いお方でしたえ」
「…うーん」

 まぁピンと来ないだろうな。当の本人は偉く口が下手だ。坊主の癖に。

「なんか、鉄が浮くのはこう…空気らしいです」

 なにか翡翠は説明しようと、手から上に放つような、よくわからない動作をするが。

「は?」

 としか言いようがない。

「んー、わても正直ようわからんのですけど、黒船はそれらしいです」
「は?黒船?ん?」
「で、乗ろうとしたら捕まったからいま松代にいるんだとかいないんだとか」
「うん、なんかわからないけどその感じ、確かに捕まりそうだな変だし」

 多分主旨は朱鷺貴に全く伝わってないだろうとは思ったが、よくわからなかったのも事実なので、翡翠は物臭もあり良しとしようとしたが、「で?」と更に朱鷺貴は振ってくる。

「え?」
「そんだけ?」
「はい。だって…」

 途中からアレでしたし。

「あー、なるほど。つまんなくなってそーなっちゃったのか、お前」
「…まぁ」
「お前は勉強が下手な奴だな」

 何故かそう言われた。
 いや、それお前が言うのか?は飲み込んだ。

「まぁ、面白い説法が出来ないのも教える者としては」
「それ、あんさんが言います?」

 流石に翡翠はそれは黙っていられなくなった。
 朱鷺貴は少しムッとしたように「だから、」と反論する。

「お前に様子を聞こうと」
「自分で行った方が早う要件は済むやろうて」
「だって」
「正直わてはあー言うた学の素晴らしきはようわからんのです」

 こいつ。

「…ホントに学のあるやつ嫌いだなお前。なんの恨みだよ」
「べっつにぃ」

 互いにどうやら不貞腐れたらしい。

 しかし、まぁ。

「…だからって女と遊んでくるのは坊主として叱るしかないんだが」
「だって」
「わかるよ、俺も大分限界だからね」
「は?」

 この坊主。
 表情筋がぴくぴくしているけど果たして頭は大丈夫だろうかと、ムカつきを越え、翡翠に心配が過るほどに朱鷺貴の泣き黒子が動いている。

「…不便ですな坊主は」
「あぁまぁね」

 声も絞るかのように低い。
…ははん、なるほど。

「…行きますか今夜」
「いいわ一人で頑張るし」
「その報告いらんわ…やっぱあんさんが佐久間せんせーから素行を学びに行くべきかと」

 てか。

「なんならわてが手伝いましょか?」

 朱鷺貴が噎せた。
 睨むような涙目で「埋めるぞバカ野郎」と朱鷺貴に言われ、
 果たしてそれは隠語なのだろうかと翡翠が真剣な顔をして首を傾げる。それに朱鷺貴は気付き、「土葬だ土葬!」と言ったそれもどうかなぁと翡翠は更に疑問だった。

「わて、案外上手い方やで」
「何がだよっていやいいや答えんな凄い嫌」
「何故?」
「俺はまともな方の坊主だからです」

 説得力がない。

「とにかく暇ならじゃあ手伝えよ雑事を!」
「はいはい、出し」
「違うわ猿!」

 本当にぴったりくっついてこようとした翡翠を朱鷺貴は制した。今凄く貞操の危機かもしれないなと改めて従者の手綱の緩さに朱鷺貴は驚愕する。これは最早綱は切れている。自分の手の内が軽すぎて困惑だ。

「まぁ冗談やけど。
 で?わては何をすればよろしいんでしょう」

 なのにこうしてあっけらかんと掌を一気に返すこれは、バカにされているのは俺かと更に朱鷺貴の不機嫌は加速する。

「…経でも勉強してろよ」
「あんたが言う?」
「会話が堂々巡りだ。もうええわ好きなことしてろ怒らないから!」
「んじゃ、水浴びしてきまーす」
「あい、前みたいなことになんなよ」

 聞いたのか聞いてないのか、翡翠はあっさり襦袢を借りに行ってしまった。

「…たくぅ、」

 嵐のような従者だと改めて朱鷺貴は一人溜め息を吐く。録には取り敢えず“松代、収穫なし”とした。

 しかし今泊まるこの小さな寺。
 戦国の世からあるらしい。どうやら“*真田信繁《さなだのぶしげ》”の兄、松代藩主を務めた“真田信之《さなだのぶゆき》”が埋葬されたと聞く。流石に旅人には寺内でも場所は教えてもらえなかった。

「…なんだかな」

 歴史とは案外そんなもんだと身を持って知る。繰り返される。故に勉学は多分必要だが、どうしたって抗えない。


*真田幸村の本名

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