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 一人、朱鷺貴はこれから先の未来を考えた。

 途方もない。幻想に目を凝らす感覚だ。そもそも現在の時勢からも離れていた自分には、経を読んで死ぬ姿しか浮かばないのだ。

 ある意味学び、この国全体を見渡し未来まで予想をする勇気、想像力を働かせる者達は確かに勇者なのかもしれない。

 しかし人は沢山いる。いままでこの国が“この世界”だった日本人には視野が広がって漠然としてしまった。正直ピンと来ないのが現状だろうし自分もそうだ。本当に危険な世なのかすら曖昧だ。

 争いの果てに平和があるともわからない。

 俺も明日には佐久間象山なる男の講話を、微力ながら聞くべきなのだろうか。昨今の“開国”、“勤皇”、“尊皇攘夷”、これすらいまいちわかっていない。

 果たして日本国民全てが戦火となるのか。正直想像もつかない。これから世の伝承をしていくなかで、果たしてこのままでいいのか。

 朱鷺貴は「ふぁ〜」と、座りっぱなしの背を伸ばし、一息吐いてから、気晴らしに借り部屋から外に出ようと考えた。

 外に出てすぐ、翡翠と共に出て行った小姓が鳥居に見えた。今が帰りらしい。
 目が合えば小姓は気まずそうに頭を下げ、「あの…」と寄ってくる。

「朱鷺貴様のお連れの方、腹具合が悪いと帰られましたが…」
「あいつ…」

 そんなアホみたいな嘘で帰ってきたのかよと朱鷺貴は呆れつつ、「おおきにな…」と複雑な心境で小姓に述べる。

「いえ…あの、無事帰ってきましたか」
「…水浴びしてるぞ今」
「えっ、」

 だよな。
 何故?だよな。

「お腹を冷やしてしまっては大変ですよね…」
「…清めてるんじゃないか?」

 色々なもんをな。
 小姓が珍妙な顔をした。
 確かに語弊がありそうかと、「いや…」と朱鷺貴は気まずくなった。

「そうだ。
 あいつそんな訳でアテにはならなかったから、君、よかったら佐久間先生の話を聞かせてくれないか?」

 半ば、無理矢理も暴挙を極めた話題転換だなと、我ながら苦笑の思いもありつつ、その辺の平然を装うのは朱鷺貴の得意な分野である。坊主職は伊達ではない。

 小姓、佐近という少年にはそれは徳、よりも「変な法師」という認識が強くなった。これはあまり関わりたくはないが、考えてみれば佐久間先生も恐らく珍妙と言われるだろう人種かと無理矢理納得の暴挙を極め、「では…」と、
恐る恐る、佐久間象山の講義を記した手書きの書を坊主に渡した。

「…私も勉学の身です故、自分が書き写した物ですが見直したい。是非、早々にお返し願いたいです」
「わかった。おおきにな」

 おおきにな。
 一瞬小姓が疑問詞を表情に浮かべたのではっと気付き、「えぇと、ありがとう」と言い換えた。

 どうにも昨今、言語すらなかなか伝わらないなと朱鷺貴は受け取りながら感じた。まぁ、国が変われば仕方のない。信州は京とは食も違う。

 ただ、空気はこちらの方が綺麗な気がしている。同じ日本領土にしてなかなか、違いはたくさんあった。

 なにより寒い。
 山しかない。

 本当に録へ書くことがない。せめて戦国武将の話でも書こうかと噂の長国寺に来たはいいが、信之に逢うこと叶わず。なかなか手堅い国である。

「では…」

 小姓はそそくさと、頭を下げて借り部屋を後にする。

 小姓が去り閉められた扉に「うぅ、寒っ」と背筋が震えた。
 早速朱鷺貴は佐近から受け取った書を開いて眺めてみる。

 朱鷺貴の中では読んでいくうちに、最近流行りの蘭学、今や洋学と言われるものの概念が変わった。

 朱鷺貴が和尚、幹斎《かんさい》から教わった蘭学は確かに半端ではあった。

 それは幹斎も幼き頃の日本は、欄書翻訳取締令《らんしょほんやくとりしまりれい》やら異国船打払令《いこくせんうちはらいれい》が幕府により出され、多くの追放者を出し、また日本に蘭学をもたらした“シーボルト”なる学者も母国、独逸《ドイツ》に強制帰還されたという近代史があるらしい。シーボルトは研究を半ばにし国へ帰ったが、今でも弟子が日本にて国土調査をしているとか、いないとか。

 朱鷺貴の蘭学は少しの地学、測量など、伊能忠敬《いのうただたか》が主となり残したものだが、確かに翡翠のように“蘭法医学”などもある。

 いまや蘭法医学を残した杉田玄白《すぎたげんぱく》が弟子の高野長英《たかのちょうえい》も、その幕府政策により処罰され、昨今の蘭学者は皆未完の書を、蘭学的思考から伝統しているわけだが。

 この、小姓が残した書は、朱鷺貴の知る蘭学意識ではない。しかし確かに、発想は蘭学に通ずるものを感じる。

 蒸気で鉄を海面に浮かせるとは、確かに日本の発想ではない。なるほど蘭学、というか佐久間象山、見えてきた。

 しかしこれもやはりシーボルトやら高野長英やらのように、確証はないものか。理屈は学べばわかると、いった具合か。

 少し興味は持ったが、果たしてこの研究は反逆罪とはならないのか。なかなか刺激がある。日本という国にはなかなか、理解しがたいのではないだろうか。

 これには、いままでの日本の禁書に伝わる鉄砲は命中精度とされてきたが、どうやら集団攻撃における戦法との違いが記されている。

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