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橋を渡って石鳥居を潜ったところで先程の宮司は、何故か扇子を片手、やかんを片手に持ったお内裏様《だいりさま》のような若い男を連れてきた。
坊主と違い神職はなんだか華やか、というか明るい着物を着るんだなぁ、白装束だからだろうか、唐笠でなく烏帽子《えぼし》だからだろうかと翡翠は低酸素な頭で考えた。
二人を見てはそのやかんと扇子を手にした若い男は立ち止まる。引っ張ってきた初老の宮司は「ほら、」と若者を振り返った。
「ウチには有名な寺の坊さんだっているんだ」
やかんを手にした若い男は朱鷺貴をボーッと見てから、それに寄りかかる翡翠を眺め、再び朱鷺貴を見て「あの…」と、やかんを前に出した。
「大洞赤城《だいどうあかぎ》神社…禰宜《ねぎ》の五条玄《ごじょうわたる》と申します。具合が悪いのは、お連れ様でしょうか?」
低く、腹から出すような少しくぐもった声だった。
背は特別高いわけではないが、姿勢がいい。烏帽子のせいか顔もしゅっとしてみえる。そのせいか嫌味っぽい語尾だがどうも、表情は確かに心配の色が見える。
もしやこれは訛りなのかもしれないなと朱鷺貴は思い始めた。
「あぁ、
京、條徳寺が法師の南條朱鷺貴と申します。先程から山の気候に慣れず、従者がこの有り様で…」
五条玄と名乗った男はちらっと、白い着物に赤刺繍の、初老の宮司を見つめる。宮司はばつが悪そうに「…なんだ」と五条に言う。
「いえ、別に。
南條さま、こちらのやかんに入った水はその湖の清水になります。気休めではありますが、沸かしてあります故、よろしければお連れ様をお休みさせてあげてもよろしいかと」
何。
そんな用途があったのかあの湖。
従者が吐瀉した湖、これは墓場まで持っていく事実としようと朱鷺貴は思う。
「あ、あぁ…おおきにどうも」
「お前玄、だから我が寺の」
「取り敢えずと申しています守田宮司。貴方もそれでお連れになったのではないですか」
なんだかとても険悪らしい。
然り気無く朱鷺貴は五条からやかんを受け取るも、五条の意識は最早やかんにはなかった。
「本宮はウチで」だの「本堂がどうの」だのやっている。
「ほれ」
と構わずに朱鷺貴は翡翠にやかんを渡す。寒いせいか水は適温らしい。しゃがんで「どうもおおきに」と言いながら翡翠は薬箱から薬を出してはやかんから直接水を飲んでいる。
全く節操がないなと、ごくっごくと動く翡翠の喉仏を見ながら朱鷺貴は溜め息を吐きたくなった。口から溢れる沸かした湖の水は首筋から流れる。
それ、寒いだろうと、「翡翠、だらしないけど」と朱鷺貴が宥めようかと思うが、無機質に旨そうに飲む翡翠の姿に少し申し訳なくもなった。
「あらぁ…」
ふいに背後の言い争いが止まった。
神職二人が翡翠を、なんだか唾を飲むように眺めている。
確かに。
しかし俺はこいつにそんなに毒されてないなと朱鷺貴は皮肉を浮かべては「あの、」と言うも。
「水神様の如く」
「貴方、神職はもったいないですね」
守田というらしい宮司と五条はやられたな。
ここまでくれば最早俺は所在がないと朱鷺貴は歯を噛む思いだった。
「はぇ?」
水を飲むのを止めた翡翠はぼんやりと宮司二人を眺めてから、朱鷺貴を見上げる。お前、悪魔のようなやつだねと心の中で朱鷺貴は翡翠へ呟いた。
「これは祭事にいいんじゃないかぃ?五条さん」
「そうですねぇ、なかなか…」
ん?
「祭事?」
と翡翠が切り出してしまったが最後。
「ええ!祭事です祭事!お二人ともウチの伝説を聞いてきたんでしょうねぇ!貴方、是非とも我が“大洞赤城”神社の祭事に、そのぉ、水神様としてご参加願いたいですねぇ!」
“大洞赤城”を強調し更には若干の語尾上がりと早口で言われ、正直よくわからなかった朱鷺貴と翡翠は「なんだって?」とか「はい?」と淑やか語尾下がりの西訛りで返したが、
「そうと決まればささぁ!どうぞ本堂へ!」
と、最早守田を押し飛ばす勢いで迫り来る五条。
「いやいや待て五条さん!」
「確かに待ってください、ようわかりませんけど」
守田は五条を抑えに引っ張り、朱鷺貴は翡翠の前にはだかり。
なんだ神職。
翡翠の感想は「圧巻や」しかなく。
「だからぁ、この京の坊さんはウチがな、」
「坊さんはどうぞお宅で引き取ってくれて構いませんわ。ウチには立派に仏門は廃止の方向ですしぃ」
「は、なに?」
なにそれ。てか俺なんでこんなに易々と身売りされる気分なの。朱鷺貴は唖然とする。
「待って、待って、俺ら凄くわからんけど」
「あぁ、はいはい」
物凄く不躾な態度で五条に息を吐かれたが、それも一瞬だった。
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