5
「我が大洞赤城には伝説があります」
本堂に案内されながら足早に五条は言った。
「守護神がこの神社になったのです。龍神からのお導きです。
元は人間で国司の娘が、継母から命を狙われたそうです」
「女神様、というわけですね」
しれっと何事もなく飄々と食いつく朱鷺貴に、翡翠は笑いそうになった。
なにその無駄な優男具合。あんだけがっついてたくせに。そう言うときだけしれっとしちゃうのねと。
「はい。なので女性宮司がいるのです。不思議と宮司からは女子しか産まれません。男たちは皆宮司の使いです」
「ははぁ〜」
絶対に「羨ましいな〜」と思ったであろう朱鷺貴の煩悩な相槌。流石は生臭坊主、感心するが半ば惨めだ。この坊主は多分京から女と交わっていない。そろそろ神にもすがりたいのだろうかと翡翠は思う。
「宮司様は毎年その女神としてお役目を果たしますが…そろそろ」
「女神、ではないと?」
「コラ翡翠」
従者を叱る。しかしながら五条は翡翠を見つめ「そうなんです」とはっきり言うからまた拍子抜けだ。
「しかし引退にはまだ…」
「後継者がいない、と?」
「いや、いるにはいるんです」
「え?」
「なるほど〜、おいくつで?」
「コラ翡翠」
「それが宮司は40なんです」
「ん?」
「そう、40なんです」
漸くわかったぞ。多分触れてはならないやつだな。
「後継者はおいくつで?」
「コラ、おいマジで」
「16なんです」
「いいのかさっきから」
「ははぁん。なるほど。譲らないのですね」
「はい」
「いいんだ、最早いいんだ」
五条の若干開き直り具合が却って心地いい。
「女子とはまぁ、いつまで経っても女子ですからね」
「なにお前」
「わてなら宮司を女に出来るいう話です」
「やめなさいよ」
「ホントですか翡翠様」
「え、乗るのそれ」
「乗せましょう」
「だーかーらー!」
何故か五条が照れたように俯く。
待てよお前、なんなんだその恥じらいは一体。
「私は不能だと言われた口でして」
「まぁなんて強気な女子で」
「すっごいどうでもいいぞ俺は」
これは果たして神聖な場で話すことかと、流石に朱鷺貴は心配になった。多分ダメだぞ。俺も不純だが俺よりこいつらあかんぞ多分。
「で、わてがやるのは、なんででしょうか」
核心をいきなりついてみる翡翠に、一瞬朱鷺貴はヒヤッとしてしまった。現に、五条は廊下で立ち止まる始末。
「…まぁ、16歳ではなかなか勤まらないなと」
「何故ですか」
「うーん」
「公然には出せないような」
「不純すぎるだろ、おい」
「まさしくそれです」
「は?」
なにそれ。
「…こう…あの…。はい。刺激があるかも、みたいな?」
「どういった意味!?」
「交わるのですか」
「待て、翡翠、土足過ぎる」
「いえ、あの、そうじゃなく」
今度は朱鷺貴と翡翠が「ん?」とハモる。話が見えなくなってきた。
「宮司様はやるでしょうが、うーん、母親役として?で。
二人して「やりたくない」と、去年は大変でして」
「つまり?」
「まぁ、母親が子を殺しにかかるのです」
一変した。
朱鷺貴が思わず「なに?」と、わりと低めの声で漏らす。
「いや、逃げ延び、龍神さまと結ばれます」
「あー。
丁度いいですね。実の親子では確かに辛い」
「いや、」
「よございます。やりましょ」
「なんだってぇ!?」
声をあげる。それは正直なんだか。
「…まぁ、演技ですからトキさん」
「いや、」
胸くそ悪い。
急に不機嫌顔になった朱鷺貴だが、翡翠は構わないことにした。
「…で?龍神さまは誰が?」
「私ですね」
「なるほど」
ふと翡翠は笑ってから、自分よりも目線が高い五条へ、半ば強引に近寄っては、顔を眺めるように顎を取った。
「その娘さんとわてはさぁ、果たしてどちらがええか、試しに娘さんに会わせて頂けます?ねぇ、五条様」
うわっ。
より不機嫌になりやがったこの従者。明らかに目が挑戦的だ。
しかし、まぁ。
「やめろ、マジで」
それも仕方のないと朱鷺貴は間に入り、翡翠を離して五条を見た。
「断りますね。法師として」
クソガキ共が、ナメやがって。
「あんた見たところ若いな五条くん。悪いんですがウチの従者は仏教徒です。あんたらにはあんたらの仕来たり言うもんがあるでしょう。我々はそれを尊重してこそだと」
「あらまぁ、ウチの法師は気が短い。
ナメてんのはどっちだか。わては構いませんのに」
「あ?」
「下手な利己などやめていただけます?仕来たりなんてわてからしたら小さい問題ですなぁ。わてが後ろ黒いこと致しましたかトキさん」
「なんのつもりだ翡翠」
答えない。
多分、あんたには一生この劣等なんて、わかってもらえないんだと落胆もした。
落胆が見え漸く朱鷺貴は「そうじゃない」と翡翠に言い切った。
- 59 -
*前次#
ページ: