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ふぅ、と幹斎が溜め息を吐く。
「兄弟で売られちまったのか若いの」
「えっ、」
「まぁ大方、あの島を商売どころにし、加えてお前は儂の首で組抜けさせてやると言われた、そんなところか」
翡翠は俯いて答えなかった。
どうやら幹斎の読みは大方、当たっていそうだ。
「しかし末路は恐らく棺桶の中、ウチの寺で般若心経を聞かされるだろうな」
「なんで、だって阿片は」
「まだ軌道に乗っていない、ということか」
「なっ、」
言葉に詰まったらしい。
つまり、藤宮一門は阿片に変わるような薬をこれの姉の末路に結論付けここに来た、これが一番正しそうだ。
ただ若者はどうやら食い違った、誤った情報で動かされたらしい。
確かに秀逸ではあるな、その計画。そんな壮大な話、なかなか若者は信じまいと、幹斎は少し翡翠に同情した。
「…悪いが儂も仏門だ。易々そんな非道、殺生に付き合う気もない。だが、翡翠、と言ったか。
まだ生きているなら少々、捨て身になりすぎてやいないか?」
「なん、」
完全に脱力したらしい。床に刃物の音がした。
「それって、じゃぁ」
しかし、なるほど納得と、
「ふ、はっはっは…」
沸々とした…まるで込み上がるような笑い方。
ようわからん朱鷺貴にはただただ、翡翠の気が触れたようにしか見えない。ある意味その見解は間違ってはいないが、
「わては何をしているんやろか」
俯いて、少し悔しそうに言うその晒された肩が微かに動いている。
取り敢えずそれには朱鷺貴も思うところがあり、ただ黙って着物を直してやった。
「おやめくださいまし。嘲笑われてるようで虚しい」
「…偏屈なもんだなお前」
「仕方ないですね」
乾いたように翡翠がそう言ったかと思えば、側に投げ出された刀に手を伸ばし、腹に刺そうと構えたから。
「待った、おい!」
思わず朱鷺貴がその手を取る。
しかしもがく、腕の中で。
ここで、いままでのムカつきを込めバシッと、朱鷺貴が翡翠の横っ面をぶん殴ってしまったのには、幹斎も「あぁ〜」と呆れるばかり。
「アホかお前はぁぁ!」
起き上がれず、頬を押さえて体勢を崩したのが少し妖艶。
と言いたいところだが。
「あっ、」
「なんですか」
朱鷺貴、顔を反らし「ホンマにアホかぁぁ!しまえぇぇ」俯いた。
翡翠の男の象徴、全出し状態だった。
何故こいつ、まず褌すらしてないの、理解出来ない変人だ……!
今までの鬱蒼はどこへ行ったんだこの状況。
「あぁ、すません」
しかし露出した本人は何事もなく正座をして、不貞腐れるようにそっぽを向いた。
「あの、さぁ、」
「なんやろか」
「色々言いたいがまず。なんでそんなことに」
「いや、せやからわては借金の方に島原へ売られたんどすわ、姉と一緒に」
「いやそれもだが、違うんだようーん…。
男娼だから褌しないのかお前」
「はぁ?」
「ふっ、」
ついつい幹斎は吹き出してしまった。
ヤバいぞこの二人。噛み合わせ良すぎる、変に。食い違ってるのに互いが巧妙に処理してるぞなんて不思議なんだ。
「せやから男娼違う言うとるやろが。
薬売りやわ。島原界隈で遊び腐ってるただのヤクザもんの薬売りやわ、あんさんと大差ないわ!」
「よりわかんねぇしだから違ぇんだよ!何故?何故なのその露出」
「自然の摂理。褌なんて取り出すときに面倒やろが」
「うわぁ、」
「不埒だお前!」
「へっ、悪うござんした。元々そう言った性分やさかいに、ヤクザやし」
「わからん〜!和尚どうしよ俺」
「いや最高やな。ええわおもろいやん」
「なんで〜!お前も変人かクソジジイ〜!」
「違うわ。お前は良くも悪くも純だな面倒臭い」
頭を抱えるようなバカ弟子に。
「はぁ、」と呆れる煙草屋に。
「あーあーもうええわあんたら!
煙草屋!お前は今日からそのうつけの小姓やれ、仮にも命を助けられたんだ」
「なっ、」
「せやからわては」
「あーあー姦しいねん貴様らぁ。
煩いから巡業でもして来いこの偏屈世間知らず共が!」
和尚の叫びにまた「は?」「職務怠惰め」と二人揃う。
「こうして出会ったのも何かの縁や。バカなら暫く世界の色々を見てきなさいな」
「え〜、」
「なんか違くね?」
「ええもんやで巡業修行。楽しいで巡業修行。
いいか?貴様ら。
これから生きてくんに今まで以上に、まず日本が大事。寺なんて即潰れるわい。そんなん世間を知らんとわからんやろが。
せやから行って来い、お前らに必要なのはまず道徳じゃぁぁ!」
叫ぶ。
なんやそれはと言いたい。
しかし反論も出来ない。何故ならば互いに思い当たる節がある。
「まずは我が身。それは仏門の基本だ。我が身亡くして未来はない。その事を体感して来るがよかろう。
我が身を守れんで死ぬようならそれも一生。殺すなとは言わん。無駄にするな人生」
なるほどな。
まぁ、ムカつくな。
「上等やな」
「あぁそうだな」
「わかったら早ぅ行け!そして見聞、聞かせてみろ!怠けんよう、儂に旅先の録を寄越すこと!」
そうかそうか。
「このクソ坊主」
「やってやりましょうや、不良法師」
「よろしい。
羯帝羯帝波羅羯帝
波羅僧羯帝
菩提
僧莎訶
般若心経 とな」
突如として1860年代動乱の中、一人の不良法師と一人の変人殺し屋が妙な縁から日本を、旅することになってしまったのだった。
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