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「…取り敢えず離してやったらくしっ、」
くしゃみを思い出す。朱鷺貴のそれに少しびっくりした翡翠の、刺又を踏みつけた足が若干動き、「ひぃぃ」と泥棒が沸く。
「あ、すんまへん。
それ、なんです一体?」
藁を指して翡翠は泥棒に尋ねた。
「いや、あの、その、」
「流石に離してやれよ翡翠…」
「毒草やない?」
翡翠は冷たい口調でそう言ったが「えっ」と泥棒は驚いた。
「ど、毒草!?」
「え、ちゃうの?」
「え、ネギだと思ったんだけど」
「ネギ?」
「だってぇ、ネギでこの辺有名だから」
「あ、そうなんや」
やっぱり余所者だ。しかも、この付近の者ではない。
深谷の農産物は葱で有名だ。それが将軍へ献上される。
「…あんさん、農民ではないんですか?」
「いや、農民ですが」
なるほど。
「さっきの人は?」
喋りにくいんですけど。
「商人、なのかな」
こんな時に朱鷺貴がしゃしゃり出た。
じろっと見る翡翠には臆しない。
「身なりはそのこそ泥より綺麗だし、多分一儲けするつもりでよくわからんけど葱っぽいものを献上しようとしたんじゃないの?
宿場町だし、よくわからなかったけど誰かから買い取って献上、みたいな」
「やくざみたいやなぁ」
お前が言うか。しかもその感じで。
けどまぁそうで。
「いや、反幕だったらどうなんやろ」
「ん?」
「暗殺計画、みたいな?」
「確かにここいらは有名ですからね」
「有名って?」
足元の農民を見下ろす。
「…いや、俺は違いますよ!」
と泣きそうになっている、反幕疑いを勝手に掛けられそうになった農民に、やはり同情。
「嘘吐いたらあきまへんよ。普通わかりますよね臭いで。あんた農民なんやろ」
「ですけどぉ!」
「ですけどぉ?」
ちょっと刺又が動いた。まだギリギリ喋れるだろう段階。
「お前…」
そんな思考だったの君。わりと楽しそうだね、特殊だわ。多分嗜虐思考みたいなたまーにいるヤツだよねと、朱鷺貴は言わないがヤツの性癖を見た気になる。
「吐かないと死にますけどぉ?どこからこんな大量に水仙をぉ?」
「ちょっ、ホントに違う、それ言うならあいつだよね、俺じゃないよね」
「まぁどっちだってええんやけど」
やっぱりー!
凄い楽しんでるよね、君!そういうのやっぱ得意なんだね、元職業柄!
「翡翠くんちょっとホントに可哀想じゃないのねぇ」
「こそ泥やで?」
「そういう問題やないけどぉ!」
「マジですみませんもうなんならそのネギあげるんでお命だけはぁぁ!」
「だからネギじゃねぇんやて言うとるやろが」
「ごめんなさぃぃぃ!もう泥棒とかしな、怖っ、叫ぶと死ぬかもっ、」
「改心したならよろしゅうよろしゅう。ここで毒薬経路も絶たれたし」
楽しそうに翡翠は笑った。しかし足は退けなかった。
それは何故なのと言おうとしてくしゃみが出る。
そうだ忘れていた。俺、確か風邪引いてたんだと。
思い出したら「うぅう、さぶっ、」体に悪寒が走った。
「か、風邪ですかっ、坊さん」
「あ、そや」
「なら葱なんて如何」
「せやから」
「いや待って待って!俺んち深谷ネギほどじゃないけどネギなってるから!」
そのこそ泥の一言に「なんやて?」と、漸くこのやくざのような役者顔が興味を持ってくれたとこそ泥は少し安心した。
「なんなら直伝の“焼きネギ”は」
「水仙やなくて?焼きネギ?」
「違、もう家来て!ホントに農家だから!水仙とネギは確かに見た目が似てるが切ればわかる!これでどう?」
「ふむ…」
腕を組んで考えるヤクザ。くしゃみ連発の坊主。
悪いことはするもんじゃないとこそ泥、根岸《ねぎし》は思った。
「まぁ、いいんやないかえトキさん」
「ん、はぃ、話は済んだ?」
坊主は本格的にボーッとしているらしい。
根岸は安堵し、しかしどうにもちょいちょい忘れられる自分が感じていたことをぶつけてみようと考えた。
「まぁ、もう盗みはやめましょうね」
「はい、あの、ひとついいですか」
「なんや?」
「あんさん、股間が丸見えなんだけど、その下はどうして?」
根岸の一言に翡翠は硬直した。
硬直してから少しして、なにも言わずに足を退け、俯いてしまった。
「だから言ったじゃん」と言う坊主も無視し、刺又を男から解放したのだった。
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