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「俺ぁ、根岸と申します」

 根岸に連れられてきた場所は確かに、農地だった。

 「このまま置いとくのも危ないでしょう」
と藁を持ち帰った根岸の家は案外遠かった。
 流石、盗もうと画策しただけあり、根岸はその距離も平気で持ち帰ってきた訳だけど。

「これ、全部根岸さんの畑ですか?」

 家3軒分くらいはあるだろう畑には玉ねぎや茄子、きゅうりはもちろん、様々な初夏の野菜がなっていた。

 しかし件のネギは見当たらなかった。

「ネギ、は?」

 と翡翠が尋ねれば、「あぁ、そこにあるじゃないですか」と、確かに野菜っぽい太めの新緑に何か、花の蕾なのかなんなのか、よくわからないふさふさした丸いものが真ん中についている植物は生えていた。

「あぁ、これはもうダメだなぁ」

 と、根岸は畑に入ってそれを引っこ抜く。土に埋まっていた長く真っ直ぐ伸びた白い枝のようなもの。

 ネギ?と疑問であった。
 それは道端に捨て、丸いものがついていないその植物を二、三本引っこ抜いて「ほら、立派でしょ」と見せる根岸が不思議で。

「それはなんだ?」

 と鼻声になった朱鷺貴が根岸に訪ねる。根岸は「嫌だなぁ」と笑って続けるのだった。

「確かにそんなに立派じゃぁないんですが…」
「もしかして、ネギってそれ?」
「え、そうでしょ?」

 ミョウガかなにかが異様に発達した雑草。

 という認識に至った二人は「え?」だの「なんやそれ!」だの、驚くばかりなのだが、根岸はそれに「?」である。

「ネギってもう少し何だろ、雑草じゃないのか?」
「雑草って。あんたらそんなの食べてるんですか」
「雑草って確かにこの坊主は少々熱で頭が沸いていますが、それはなんや、球根なのですか?」
「違うけど、ホントにあんたら何食って…」
「あっ!」

 翡翠が隣の、「九条ネギ」のような雑草を指差し「これやろ!」と根岸に言った。

「ん?
 これ、水仙みたいやなぁ」
「ちょっと、何言っちゃってんのお宅ら。それはニラでしょ?まぁ、あんまり深谷じゃ見ないけどね。下野あたりとか、水戸《みと》あたりでは採れるよ」
「どう見ても水仙やないの」
「違うって。ほら!」

 根岸はその“雑草”を引っこ抜き、翡翠の鼻元に近付けようとするが「ひぃぃ〜」と翡翠は朱鷺貴にくっつく。

 しかしそれで「ん?」と気付いたようだ。

「なんや変な臭い」
「そうだよ。ニラは臭いが強いんだよ。水仙とは違うだろ?」

 なるほど。

「そ、そんな毒草みたいなん、食って死なないのか」
「坊さんらホントに何食ってんの?これはネギとも水仙とも、違うんだよ。たまに水仙と間違って食って死ぬヤツいるけど」
「えっ」
「そうか、あんたら多分、余所者だよね。意外と旨いし風邪にも効くから、俺が何か作ってやるよ」

 それは毒殺されるんじゃなかろうか。
 不安が二人に過る。
 疑心の目で根岸を見つめると、

「違うよ、この水仙はちゃんと燃やすからね、わかる?」

 と、的外れなような、射ているような返答が返ってきた。

「多分、“激派”の仕業だろう…。ニラと水仙は似てるから」
「“激派”?」
「あんたら、遠くから来たんだよねきっと。
 うーん、この辺じゃ有名なんだけど、まぁ幕府の派閥だね。“天狗党《てんぐとう》”てのがあって。
 流石に井伊大老の暗殺は知ってるだろ?」

 根岸は葱や、その他野菜を両手に抱えて歩き出した。

 二人もそれについて行く。
 ネギひとつで見聞に収穫がありそうだ。

「この辺はまぁ、水戸藩やら上州の連中が使うから。江戸もすぐそこだし。
 井伊大老の暗殺を企てたのは天狗党の水戸派の激派がやったやつで」
「何その派、派って」
「えぇ?」

 世間知らず風邪っ引き坊主を根岸は怪訝そうに見ては、「知らんの?」と正直に延べる。

 確かに、俗世離れた坊主には関係のない話かもしれないが、そんなもんなのだろうかと根岸は疑問に感じた。

「…あんたらどこから来たの?」
「京やけど」
「まさしくな場所じゃん。
 んー、井伊大老の調印の問題で、井伊大老は勅書をしてから条約を結ぼうと言っていたのはご存じ?」
「えっ、勝手にやっちゃったんじゃないの?」
「あー、その思考は“鎮派”だね。どちらかと言えば。
 結局天皇さんがもたもたしてて井伊さんも、そんな感じだから激派が痺れを切らしちゃったんだけど、何より井伊大老は13代将軍に紀伊《きい》の徳川家茂《とくがわいえもち》を推しちゃって逆境だったんだけど病弱の家茂はいまや14代将軍なのは、大老の保身ゆえだね」
「ん?」
「海国しようって勝手にやっちゃったけど、まずは天皇へ勅書を返そうって意見にも渋っちゃって仲間にしたハズのお偉いさんを懲罰しまくっちゃったでしょ?まぁ、どっちも刺激しちゃったが逆境だったから殺されたってところかな」
「へぇ〜」
「それはつまり紀伊が優勢に立った、のか?」
「微妙だね。結局水戸が推してた一橋慶喜《ひとつばしよしのぶ》は引っ込んだけど…。だから内部分裂が未だにあるわけだし。幕臣も割れちゃってるからね。けど、水戸派の話が通って天皇へ勅書が返されたからねぇ」

 農民でも知り得ることなのか。幕府が近いと。

「あんさん、詳しいですなぁ」

 翡翠が飄々と言った。
 確かにそれは朱鷺貴も思ったことだ。

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