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「一見さんですね」
店の籬《まがき》で早々だった。
無愛想で無口そうな下男が朱鷺貴と翡翠を一瞬見てはそう言う。
少々無礼な物言いだ。そこは見てわかるだろうに「初会」と通さないあたり、結構厳格かもしれないな、気に入らないけどと翡翠は少し、挑戦的に考えた。
「流石やねぇ、若旦那。あい、初会でお通し願えまっか?」
翡翠の鈍りに下男が「西の方ですか」と訪ねてきた。
若旦那、翡翠の物言いに苛つきもしない。
「そうですね」
「…ウチは京の遊女も流れてきていますが、何分、人気がありまして。出払っていると思いますがよろしいですか?」
「ああ、構いまへんよ。まず一見やしそんなに付きもせんやろ」
その対応に少し、下男が引いたような気がした。だが翡翠も構わず店をきょろきょろ見始める。
どうやら遊び慣れてはいるらしいなと、下男は出資元の朱鷺貴を「どうしましょう」という視線で見る。
「あぁ、はい」
「では、ご案内いたします」
下男はそれから無愛想に二人を部屋へ案内する。
確かに流石だ。
わりと綺麗な着物ではあるが、翡翠は少々金のある放蕩息子くらいの出で立ちかもしれない。
翡翠と朱鷺貴を並べれば坊主の方が金本だろうと察したのかと、職業眼に感心した。
こんな風に入るもんなのかという驚きも朱鷺貴には芽生えた。言うて自分はこういう手続きを踏んだ試しがない。
「ちなみに…」
下男がふと、部屋の前で立ち止まり、二人にちらっと振り向いて、囁くように言った。
「お侍さんでございましょうか」
「え、」
確かに。
刀自体は持っているが。
少しだけ殺伐としたように感じ取れた下男に疑問を抱いた。
「一分《いちぶ》で、少し上等なのを呼びつけますがいかがでしょうか。確か一人、空きがおります」
その言葉に翡翠は朱鷺貴をちらっと見る。
あら、案外そういうときに俺に金を煽るのねと思えばなんだか、言い知れぬ苛々を感じ取る表情だった。
こういうときの礼儀作法、坊主はよくわからんのだけどと思いつつ咄嗟に「あはい、」と下男に返事をしてしまう。
合っていたのかいなかったのか。
だがいままでの無愛想がにやっと漸く穏和な笑みを浮かべ、「こちらで少々お待ち下さい」と部屋を開け去ったことに、よかったのかもしれないと感じたが、
「野郎、チンピラのような男やね」
と翡翠は吐き捨て、座る。
「ん?」
「頭からなんや気に食わねぇ野郎やなぁと思いましたが、なんだか不穏や」
「え、俺ダメだった?」
「はい?」
まさかの見当違いに翡翠は朱鷺貴を眺める。
「いやぁ、」
「あんさん遊郭で遊び狂ってた坊主ですよねぇ」
「語弊あるそれ、いやないんだけど俺薬の坊主だから」
「えぇ?」
「言わなかったか?処方だよ?」
「いや聞きましたけど」
「ついでに一発遊んでたくらいで」
「ん?」
「こう正式に?来たの初だわ無駄に緊張するんやけど」
「えっ、」
マジか。
「えそれホンマに言うてる?」
「うんわりとそう」
「あんさんどんだけ道楽なん?」
ぐさっ。
確かにわりと、己が世間知らずだと、最近になって自覚してきたけれども。
「え、始終流されて?」
「えぇ、ハイ…」
「これで未通女《おぼこ》を切ったんですか」
「なにそれその言い回し、せめて童男《おぐな》と言ってくれ」
「あすまへんこれはあのぅ、性分ですね」
「うん、もう慣れてきたけどお前やっぱ元来口が悪いよな。
で俺はその、あの一分ってもしや大ヘマこいた感じ?反射で答えたんだけど」
「あ出た金の話。
いや、相当でありましょう。わてはここに違和感はありますが」
「ん?」
そういうもんではないと言うことか、これは。
「なんなんやろね。冷やかし払いなら相当に失礼やし、だが武士かと聞いてのあれはなんやろね。なんや、金以外にタマ握らせた気分やわ」
「…え、そんな物騒なこと」
「由緒正しいですけどねタマ握らせんのなんて。せやけど契約とは、一見と露骨に言うたわりに何を握りたいんやろかね、あの馬畜生。せやかて客引きにも出んと牛以下、いや以上の気位とは解せないな」
「…お前、なんか火がついてない?意外と詩的なやつなんだね」
「えっ、」
素直に褒めた朱鷺貴に翡翠は驚いたようだった。目が合って見る見るうちに照れていくのが表情でわかる。
「ふっ、」と、悪いと思いつつ朱鷺貴は吹いてしまった。それにさらに「はっ、なっ、」と動揺していくようだ。
「ふっ…はははは!えぇ?似合わなすぎて悪いちょっとおもろい」
「は、なんや、」
「お前って可愛らしいやっちゃな〜」
「凄いなんや腹立つなぁ〜、童男の癖にぃ〜」
「ちゃうわ全く、」
「にしても遅くないかえ、」
翡翠は苛々したように立ち上がり襖を開けた。
「いやそんながっつかんでも」と宥めようとすれば「しっ、」と急に真面目腐った獣のように鋭い目をし指を立て朱鷺貴に吐く。
襖にだらしなく凭れて暗闇を睨む。
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