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なんやなんやと朱鷺貴も這うように眺めれば、漸く廊下には下男が遊女を連れて来たのが見えたが、翡翠はそれにまた指を立て顎をしゃくる。
疑問を見せた下男に舌打ちをした翡翠の、しゃくった先を朱鷺貴は辿って見る。隣の部屋の襖が微妙に開いていた。
そこで隙間から刃の光が零れ。
「あ、」と朱鷺貴が洩らすあたりで翡翠は瞬間的というべきか、その犬のような嗅覚で隣の襖を開けたのだった。
「な、」
間があり、
「誰だ貴様、」
翡翠に侍が投げ掛けた言葉に朱鷺貴も下男も掛け寄って露見する。
遊女に刃を向ける侍一人、その他三人の武士と付きの遊女に動揺が走っていた。
脇差しを向けられた遊女は恐らく若く、この状況下に怯えているのは道理。それを見て「お坊さん、」と「お侍さん」という下男と翡翠の言葉が行き交う。
「その刀は何故振袖に向けているのか」
振り切ったのは翡翠だった。
外野は皆その言葉で目が覚める。
「…お前は何者だ」
「隣の者です。えらく狼煙臭いと飛び入ったまでですが」
「おい妓夫《ぎゅう》太郎、お前何者もここへは入れるなと言ったはずだ」
「はぁ…。ですがこちらとしても刃傷事はお断り申し上げていますが。これでは貴殿方から頂いた一分の意味がなくなります」
「じゃぁ返せこの野郎。お前さんこの女に一分を握らせ何しようってんだ」
「…なんですかそれは」
「あぁ、なるほど」
漸く一分の端が掴めてきた。
「とどのつまりこれは何か、政治的な会合言うことでっしゃろか」
言い当てられたのか武士たちは「な、」「お前、」と動揺の声が上がった。翡翠は冷たく「しょうもないことを」と吐き捨てる。
翡翠は刃を向けられ怯えた遊女を見下ろした。
「あんさん、一分で話を流しとる言うわけか」
「そ、そんな、」
「申し訳ございませんでした」
話を進めることもなく下男はその場で土下座をした。
何やってんだこの牛野郎はと翡翠が黙れば「教え直します、ここへは新しい女を呼びますので」と淡々と言った。
「…朝霧《あさぎり》、お前は下がりなさい」
「…栄太郎さん、」
「良いから黙ってこちらへ下がれ」
心底低い声で放つ下男に翡翠は「アホらしいわ」と良い放った。
「一分程度の金でこうもなるとは、お侍さんもあんさんもしょうもない」
「なんだとお前」
「お前その女が何やらかしたか」
「その程度で国が傾くと本気でお思いですか、お侍殿。まぁ、何を持ってかは知らんがその小娘は少々の小遣い稼ぎとな。そんなんによう命掛けられまんな」
「なに、」
ふいに翡翠が裏手で朱鷺貴に手を出した。
翡翠の視線の心中を図れば刀かもしれない。それは不本意だがそもそもこの密度では抜けやしないだろうと鞘ごとそれを手渡せば翡翠は侍たちに刀を抜かずに見せつける。
「このガキ、」
「なぁお侍さんら。
ここの牛は使えんと思いまへん?そやあんさん、どうにも人手不足と違いますかねぇ。
どやろ三日、三回分としてわてが用心棒やる言うんは。その間あんさんらから一分は受け取らない。だが刀を預かりましょ。
三日でこの振袖には京作法を教え込んだりましょ。あんさんなかなかの肝やし」
「え、」
なぜかこの男には説得力がある、そんな雰囲気を出していると、話巧妙に一同は飲まれる。
「要は面の問題やろ。男守るか女守るか。ここも客もこれで万々歳、互いに口外厳禁どやろ?」
「ん?」
置いていかれた先で朱鷺貴に浸透する。
「いや待てぃ翡翠」
「なんざんしょ」
「お前勝手に何言うとんねん」
「お仕事やけど、何か?」
「は、お前ね」
「いいでしょう」
置いていかれた下男も漸く口を挟んだ。
「道理に敵っている」
「じゃ話が早い」
「ちょっと待って俺を置いて」
「じゃ、用心棒言うことで。
トキさん、この嬢ちゃんはあんさんに着けるわ。三日三晩よろしゅうな」
「は、」
「なぁ嬢ちゃん」
気迫が濃くなる。
「あんさん火遊びがすぎる。男の約束汚す言うんはそれなりやな。そんな売女一分程度。売ったんが家だか身だか魂だか知らんが安いんだよ、この婬売が。
…だが肝は座っているようや。ええ女やで。あんさん良い情婦になるやろうね」
気迫で落としてそれから自然に笑ったそれは嫌らしくも二枚目だ。一同はこの男に完璧に流されていた。
しかし問題点はまだある。
我に返った刃傷侍野郎が「俺は納得してな」い、までは言えず「お侍さん」と再び翡翠の冷たい声がした。
「まずは刀をしまったら如何やろうか、はしたない」
「なんだお前、」
「一分程度で腰のもん抜こうとはご機嫌が麗しゅうなぁ。何も腰のもんなど他に抜くもんあるんちゃいますか、ええ?」
朱鷺貴の刀は抜かないが、
酷く意地の悪い、下衆な表情で鞘先をぐりぐりと、その侍の股間に当てるもんだから「うぉぉっ、」と腰を折り刀を落とす始末だった。
「てめぇ…、」
それに他の侍も殺気立ち、流石に朱鷺貴も「おいやめとけよ」と思い出したように止めの言葉を掛けようかと思ったが知っている、この男は多分嗜虐思考だ。色街だしまぁいいんじゃねぇのと半ば投げやりに諦めた。
しかし翡翠は「はいはいはいはい表へ出ましょ」と侍の懐をひっ掴み立たせ、
「わてがお相手しましょ。ここの情婦よりええ手管ですよ、旦那」
憎たらしいまでに微笑が輝かしいが、果てしなく下衆だった。
「はは、」
下男がそれに、
挑戦を叩き返した笑顔で「あんさんやっぱり郭上がりか」と嘲笑う。
「…まぁまぁ一旦引き取りましょうぜ。あんさん刺されますよ、得知らず」
最上級に罵ったのには流石に無愛想でも表情は崩れるもんだが翡翠は構わず「ではお楽しみ遊ばせ〜」と、刀は朱鷺貴に返し乱暴に侍をつれて下男と去ってしまった。
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