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 まぁまぁ、そういえば腹が減っている。膳を前にして思い出した。

 だが食っているうちは空間が気まずい。おかしいな、翡翠とは良くあることだろう。そもそも布団が敷かれている側で飯を食おうと言うのはやはり的外れなのか。

 考えていれば朝霧から「あの方は…」と話題が飛び出した。

「お連れ様はなして来てくれたんでしょう」

 語尾下がり。
 自然と出たのかもしれない、混ざっている。この女は恐らく京落ちだ。

「ん?」
「なんだか不思議で仕方なくて。よく、おわかりになりましたね。特に誰一人…騒いだわけでもなかったんに」
「…最早あれは動物のような野郎だからな」

 慟哭が間合いする。

「…あの方は、一体」
「そんなんで一分はやらないぞ」
「…え?」
「間違っても志士じゃない。ただの、坊主の付き人だよ」

 そう朱鷺貴が言えば朝霧は黙る。
 特に秘密はないけれど、まぁまぁ大人の外の世界はこんなもんだと知るべきだ。一度、その火遊びで死にかけたなら、尚。

 どこかで誰かが果てただろうか。

「…そんなつもりや」
「まぁいいけどね。どうせ何もないし。嬢ちゃん、どうしてそんなことをしたんだ」
「いや…」

 朝霧が俯くようにどこだか、畳を見ている。
 それだけ見れば確かに、幼さはあるのだ。

「…お金に困ってまして」
「そんなに使うとは思えないな」
「親への仕送りだとか、色々あるものでしょう」
「まぁそうだろうな」
「お坊様は、なんしてお坊様に?」
「親が死んだからやねぇ」

 吸い物を啜る音。
 どこかの慟哭よりもなぜだか生きた音に感じる。お坊様、そう、経というのは死んだ者に生きた者が送る唄だ。妙に朝霧は納得した。

 膳を終えた朱鷺貴はふと廊下を見る。行灯に座った人影が見える。そうか、そう言えばこういうもんだったと朱鷺貴は襖を開けて先ほどの付きの女に「おおきに」と膳を預けた。

 ふと布が擦れる音がして振り向けば朝霧が羽織を脱いだようだった。だが、どこか切なそうな表情は一瞬変えられなかったらしい。すぐに微笑を湛える姿に溜め息を吐きたくなった。

 ぶっちゃけそれを忘れたわけでもないがこうもぎこちのない空間に、その気はどこかに行っていた。妙な話だが「寒くないのか」とまた的外れを口にする。

 不思議と部屋は静かだった。

「一見、いや、初会やけど」
「…三回分、あの方が働くのでしょう?」
「らしいな、小癪なことに」
「なら、」
「初夜からか。俺は多分そんな体力ないで」
「それは」
「婬売や言うつもりはないけど早急すぎる。記憶が正しければここはいくらなんでもそれだけやないやろ」
「…南條さま、どうにも貴方が言いたいことがわかりません」
「あんさん京者やろ。わかるやろうけどわざわざ俺も国言葉を使っとる。まずはそこから如何ですぅ?」
「は、」

 顔を歪めて朝霧は笑った。
 漸く人間らしさを見たなと掴んだところで「煙草はあるやろか」と朝霧に訪ねた。

 果たして自分がいまこの女に掛けている物がなんなのかはわからないが、やはり「で、なんで国を捨てここまで来て金をせしめる」と訪ねた。

 煙草を用意し朱鷺貴の側に寄った朝霧は「別に」と答えた。

「あんなところは地獄や。あんな、蠱毒《こどく》のような所」
「ははっ、」

 笑えた。
 この女は今更何に打ちひしがれるか。だがまぁ、それは繰り返されるものかと共感もした。

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