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笑った坊主の顔が不思議でならない。この人は一体どうして、こんな自分を無邪気に、笑い飛ばすのだろう。
「よく知っとるな、隋書か。
五月五日に百種の虫を集め大きなものは蛇、小さなものは虱《しらみ》と、併せて器の中に置き互いに喰らわせ最後の一種に残ったものを留める。
だが、ここにいても変わらないんじゃないか?」
やはりこの女はこの環境が不本意で、不本意に慣れていないのか。まぁ、若いからかもしれないが。
「毒を搾り取ろうと言うほどの気概なのかな」
「…さあ」
「だとしたら君は虱か蛇か。ちなみに俺はどちらでもないな。坊主はそもそもそんな無駄な椀には蓋をする」
「…蓋?」
少し翡翠を思い浮かべた。
「あいつはその点、蛇だろうな。だがだとしたら俺はなぜ江戸まで旅をするのか。それも見聞かもしれないな。早い話が皆同じ毒はあるもんだと思うよ俺は」
「…説教臭い」
「これも生業なんでね」
「一分ですか」
「こんなもんで君は一分搾取していたのか?これに懲りたらやめておけ。払う方も、払う方だけどな」
そういや今回の録はどう書けばいい。「郭にて」等書いたら、卒倒しないまでも絶対に叱咤もんだ。京は遠いにしても。
「悪いな退いてくれ」と朝霧をあしらい、朱鷺貴は思い出した録を書こうと思い立つ。
なんだろうかそれはと朝霧は興味を持った。文机に向かった背中に「南條さま?」と問いかける。
「これは一文の得にもならないぞ朝霧」
朝霧。
この人はどうやら少し、勝手が違うようだ。
「…南條さま」
用意した半紙を置き、「なんや」と振り返る。
年相応だが。
次の笑みは自然な、少女と、しかし環境ゆえに色が付いた、混じったようなものであり。
「…綾と言います」
なんと答えていいものか。
ただ、まぁ。やけに、気持ちの生々しさが伝わってくる。
「…綾。いい名前だな」
「一分くれますか」
「何を言ってる」
「まぁ」
「そんなもんが欲しいわけでもないだろう」
「どうでしょうかね。男は皆蛇やないですか」
「…そうだね」
気が強い。
やはりそれほどの肝はあったようだが。
なぜか少し悲しくなった。
「…どうして君はそうなったんだろうな。好きな男でも、いなかったのか」
「…いますよ、南條さま」
「ふうん、あっそう」
本当にそうだとして、この常套句は確かに過ぎるものがある。
すり寄ってきた女の朝霧は泣きそうに見えた。そういうものかもしれない、何かを捨てるということは。だが、だとしたらいま素直なのか、偽りなのか。
推し量らせたいと言うのは激しく自己投影、陶酔に近いかもしれないが朝霧が誘う着物の中の乳房は人の音がした。
「地獄に落ちるぞ、お前」
坊主に獣の目が見えたところで朝霧はいつになく、戦慄するような気がした。坊さまとはもう少し静かに死んだように生きているものだと、思っていたけど。
その他と一緒か確かめたくなった。このままこうして手を引いて猛るのなら結局は一緒だと、道徳を覆さないようにしたかった。
「あ、ちょっと待って」
肩を剥き露になった時に急に朱鷺貴がそう言った。
目付きはまだ、鋭さがあるのにどうしたのだろうかと思えば、朱鷺貴は先ほどその場へなんの気なしに置いた刀を取り、鞘から抜いた。
何事か。
怖かった。それが首筋の横、だが、手は届かない位置へ突き立てられるのが。
朱鷺貴を見れば「悪いな」と、案外優しく言うもんで。
「…呪《まじな》いをかけようか。俺なりの人情だ。そうそう抜けないが蛇なら素直に、殺せよ」
横に刺さる刀身から歯を食い縛った自分と、朱鷺貴が優しい顔で自分を眺めるのが映る。
泣きたくなるほど、この男は優しかった。
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