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 ふらっと眺めた朱鷺貴と目が合えば「お坊様」刃傷事件はと繋ぐだろうと、「いくらだ出てくよ、」と朱鷺貴は吉田に吐き捨てる。

「騒がせて悪かったな昨日も今日も」
「…お代は結構です」
「あぁそう。悪いがな、」

 やはり一度確認してしまえば腹しか立たない。

「こいつをお前に売った覚えはねぇよ。
 お前ら下級の用事なんざ高尚な坊主には興味ねぇしわかねぇから一分を返して頂きたいと言うのもダルい。凄くダルい」

 心なしか。

「…トキさん?」

 それ以上の言及は止めたらしい。だが、朱鷺貴が少しにやけたような気がして。

「トキさん、あの」
「あ?なんだよぶっ飛ばされたいの?
ヤだよここじゃ。道中気が向いたら聞く」
「…なんで、」
「神職なんでねっ」
「いや…」

 朱鷺貴の面を汚したのは自分らしい。

 俯いてから「…すません、」と不服そうに言う翡翠にすら「ん」とだけ朱鷺貴は吐く。

 そうだ、この坊主あり得ないくらい負けず嫌いで頑固だったと翡翠は思い出した。

 だがどんな心境かわからない。そう感じたら泣きそうになって俯いてしまった。

「川ぁ近くにねぇんですかこの辺」
「籠を呼びま」
「そんでぐさり、と仏になっても仕方ねぇんで右手側か左手側か。あんたらと一緒、懇ろなんでついて来ないで頂けますか番頭さん」

 その坊主の言葉に、番頭がぴくりとした。

 まぁもういいと立ち上がり翡翠を立たせ「早くしろ」と言おうとしたが、翡翠の足から体液が流れたのに、朱鷺貴には何も言えない感情が沸くのだけど。
 従者も坊主と同じくらいには気位が高い。

 その朱鷺貴の手を振り払ったのに溜め息が出そう。

 「はいはいはいはい退いて」と外野に言って道を開ける坊主に、仕方なく従者は着いて行くしかなかった。
 何に腹を立てたかなど、翡翠にはわからないがやはり支えるものはある。
 それが気に食わない。

「トキさん」

 坊主はその、従者のしゃがれそうに弱い声へ依然として耳を傾ける。
 従者が立ち止まったのは耳をそばだてていたからわかったもので。
 従者が俯いている理由も、腹立ち紛れでわからない。

「…腹ぁ、痛いんやけど」

 漸く振り向いてやれば、確かに翡翠は軽く腹を押さえている。

 難儀なやつ。
 そう思ったが、翡翠が少し肩を震わせているのには気の毒で、面倒で、ボロ雑巾のようなもんかと「あぁそう」と言うしかなかった。
 こんな時にありがたい説法があっても紙屑でしかないだろうと朱鷺貴には思えたが、罵倒をする気でもない。

「川まで歩けるか翡翠」
「……まぁ、」

 ふぅと朱鷺貴は溜め息を吐いた。
 瞬間に、何故か寒気がした。
 と言うか、多分ぶり返したと気付く。

 「へっくしぃぃ!」と盛大に突然くしゃみをした朱鷺貴に、流石に翡翠も唖然と見上げて思い出した。

 そうやこの坊主確か風邪を引いていた。ぶり返したのか。

「あっ、」
「…寒ぃ、早く行こう」
「え、あ、」
「へっくしぃ、」
「あ、はいあのトキさん」
「あんだよ」

 全体的に自分が悪いと感じる。

「…ごめんなさい」
「…あぁね。いやまぁ、それほろ理不尽をいふのは」
「あ、喋らんで大丈夫です。まず出ましょう」
「ん、」
「ふはっ…」

 だがなんだか、申し訳ないが坊主に対し「ふふ…はははっ…!」笑えてきてしまった。腹には違和感があるけれど。

 なんだか気持ち悪いなこれはと、朱鷺貴は一層に黙るしかないのだが、「薬箱取ってきます」と漸く歩き始め、下に向かう翡翠の腹を朱鷺貴は知らない。一階に泊まってたんだなとぼんやり思う、だけ。

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