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何気ない街が滑るこれは何の変哲もない日常。僕はこれにキラキラ輝く幻想を見ることもないのだけど。
たまにこれは凄く斬新だと心に沁みる。窓もない、けれど空気は少し、きっと少しだけ汚れている。
車が停まればより日常の速度に近付く。人が普通に歩いている。こんな普遍はごく、当たり前にいま僕の前で広がっていて。
ふと目があったミラーに映る、頬杖をついてぼんやりしたお前。白のカットシャツがグレーのニットから覗いている、黒髪の、目が茶色いお前。
お前はこの普遍に何を抱いたんだい。
その先を考えようとして、何故だか頭に、前頭葉に厚く白い靄が立ちはだかっていく気がして。
車が低速に景色を後退させる。
ここは何処なんだと靄から声が掛かる気がする。ここは何処なんだ。僕は一体、何をしているんだ。
生きた車が息を止めた瞬間、その歪みのような揺れに少し気持ち悪くなった。酔っていると自覚をすれば、更に気持ちが悪くなる。
「どうした佐奈斗」
五十嵐の声がした。
途端に冷や汗が吹いて、熱いような寒いような、悪寒が身体を震えさせた気がした。
ゆったり振り向く間に「着いたけど…」と心配そうで。
「大丈夫か、腹痛いのか」
その五十嵐の一言で気付いた、傷あたりの衣類を強く掴んでいる自分の右手に。寒いせいか、その手は震えている。
特に何もありませんよと言おうとするが、気持ち悪さが勝る。嗚咽を誤魔化そうと咳をすれば、咳が止まらなくなって、その腹を押さえるように身を縮まらせて。
オーバー過ぎる気が、頭の中ではそれを冷静に捉えているが、そこは酸素が薄い。
「おいおい、ちょっと待ってろそこに自販機あるから。なんか買ってくるわ」
五十嵐がそう言って扉を閉める振動も「うぇっ」と嘔吐く現象。それが喉を刺激して咳も出る。
僕は一体何をしたんだろう。
川原で低体温を感じたその太陽は白かった。あれは晴れていた。
呼吸が苦しかった気がするな。
僕はいまそんなことを考えながら咳き込んで、咳は治まったけど喉が不快で。
あの時にない、興奮の時に起きるような動悸を感じることが出来ている。
それだけでシートに凭れることが出来た。不快感の後遺症は大体この胸の高鳴り、心臓が血液を送り出す現象。
呼吸は荒いがなんとか、僕はいま五十嵐の車の中だと認識出来た。
どこかの駐車場だ。
運転席の扉は思ったよりゆっくり開いた。
「スポーツ飲料で良いよな、多分」
と言う五十嵐は、動揺は隠した冷静を装うような低い声色、ポーカーフェイス。だけど瞳が泳いでいる。
僕は震えも止まったその右手で、シンプルな青いパッケージの濁った飲み物を受け取り五十嵐に礼を言った。
扉を閉めた五十嵐は「腹痛いのか」と再び的違いの不安を僕にぶつけてきた。
答えるよりは、額にペットボトルを当てて気持ちいいと感じる。だが申し訳なくもあるので「すみません」と謝った。
「ちょっと気持ち悪くなっただけです」
酔い止めなのか血圧低下なのか眠くなるのかは定かでない、銀色のPTPシートをポケットから出す。もしかしたら鎮痛剤かもしれないけれど、オレンジと白のカプセルを口に放り込んでスポーツ飲料で流し込んだ。
これ確か黒人の陸上選手みたいな名前のやつ。暫く飲んでなかったやつだ。
なんとも言えない表情で僕を眺めている五十嵐に「酔い止めです」と答えるくらいに、僕の気力は回復しているようだ。
「あぁ、車あんまり乗らないのか」
「…そうかも知れませんね」
「…落ち着いたら」
「わりと落ち着いてきてます。すみません、心配を掛けたようで」
「あぁ、はぁ…」
けど動く気力あるかな。握った薬を眺める。
やっぱりそうか、サインバルタ。暫くしたらこんな陽気だし、眠くてイライラするかもしれない。
「大丈夫そうです。で、僕をどこに連れてきたんですか」
振り返っても壁しか見えない。ホームセンターではないらしい。
「あぁ、うん。知り合いの陶器屋」
「ん?」
陶器屋って何。
「…よくわからないので、」
車の扉を開けて外に出てみた。
物凄くカントリー、というかほんわかした雰囲気のお店だった。間違っても30過ぎた男が来るなんて、画家とか以外あり得ないような雰囲気のお店。黒の軽が停まってるのすら不自然。
ロゴは丸っこい字で「Dryade」。正直言われなければ「陶器屋」だとは思わない。自動扉の向こうの商品の配置から、インテリア系だとわかるくらいだ。
五十嵐が僕より先に何の躊躇いもなく入ってゆく。一人取り残されるのも御免だと、五十嵐の後を着いて行く。
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