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「よ!久しぶり」
居酒屋に入るような軽さで五十嵐は手をあげ店に入った。
こんなやつ本当にいるんだと、改めてこいつのキザ、というか変な奴感を見た。
正面のレジで頬杖を付いていた女性は「はぁ?」と五十嵐に不機嫌な声を浴びせたが、五十嵐の後ろから覗いた僕を見て急にピシッと座り直し「あら、いらっしゃいませ」と態度を変えた。
横髪を後ろでお団子にした、白いフリフリのレースみたいな服を着た女性。清潔感がある印象。露出が案外少ないせいかもしれない。
「ど、どうも…」
「けっけ」と笑った五十嵐に「なんだよインチキ画家!」と悪態を吐くその人。
どうやら仲はいいらしい。
「美空ちゃん更年期?それじゃぁ結婚できないよ」
「うるさっ。あんただって…ぇ?」
明らかに僕を見てから迷うように五十嵐を見ている、ミソラさん。それからなんとなく五十嵐に非難の目。
なんだろう、「このどうしようもねぇ男」という、ミソラさんの声に出さない五十嵐への非難が聞こえるようだ。
「あぁ、そうそう。新しいアシスタント。美空ちゃん二階貸して」
「えっ、何が」
「電話で無理難題話したでしょ」
「あぁね。ホントなんなのあんた。私の仕事どうする気?てか、なんなの一体」
「佐奈斗くん、こいつはここの店主の村田美空ちゃん」
「おい聞け五十嵐」
「こいつはアシスタントの神月佐奈斗くん。美空ちゃん、10分くらい雑談しててよ」
爽やかな笑顔で全てを無視した五十嵐はさっさと雑に互いの紹介を終える。
「はっ?」とか「何っ」と言う僕らをさっぱり無視して「よろしく〜」と、レジの奥にあった暖簾を潜っていってしまった。
ミソラさんと僕は取り残され、「ど、どうもハジメマシテ」くらいしか言えることもなく。
「えっと…、Dryadeの店主デス。あのー、五十嵐とはデビューくらいからの付き合いです、はい」
「あぁ…どうも…」
「取り敢えず付き合わされちゃったのですかね?」
変な日本語にさせるくらいには突然の訪問だったようだ。僕はミソラさんに頷くことしか出来なくて。
ふぅ、と溜め息のような息を吐いた彼女をちらっと見ることしか出来なかったが。
彼女は案外優しい、というか商売人としての表情で微笑んでくれた。にこりとした顔の笑窪は可愛らしかった。
「五十嵐とは大学で一緒だったの。店を出すときも少し手伝って貰ってね。
佐奈斗くん、だっけ。多分最近だよね?」
「あぁあ、はい、」
「私はあいつの我が儘には慣れてるから大丈夫ですよ。
うーん、まぁ、10分も紹介するほど何もないんだけど…ちょっと商品の話とか、していいですか?」
「あ、はい…」
正直その方がまだ助かる。
ミソラさんはそれから僕になんとなくざっと、店に飾られたカップの紹介をしてくれた。
陶器だけではなく、ガラスや切子、そんなものも置いてあって。僕の関心がなんとなくその、光る硝子細工に向いているのを拾い上げ、たくさんの話をしてくれた。
「ほら、これとこれ。切り口が淡い方が“薩摩切子”で、もういかにも切ったーって感じのが“江戸切子”。切ったあとの製造方法でこうも違うの」
「ホントだー。結構光の加減とか、違うんですね」
「そうなのそうなの。私はなんとなーく江戸切子の方が好きなんだー」
「あ、僕は薩摩切子かも。この赤いの綺麗。淡くて花火みたいで。でも、その青い江戸切子も綺麗だなぁ」
なんて、意外にも僕たちは盛り上がってしまった。
何より、ミソラさんはとても明るくて話しやすい人だった。
「そうそう。飾るのには薩摩切子、みたいな感じらしいよ」
そして話してるときのミソラさんが楽しそうなのだ。
「私、佐奈斗くんの方があいつより話しやすいかも。あいつなんて「どっちも変わらなくね?」みたいな、画家としてどうなのよって感じだし」
「確かに言いそうですねあの人」
「あとはねぇ…」
「なんか凄く意気投合してんなお二人さん」
夢中で話していれば、五十嵐の声がした。暖簾から出てきた五十嵐を見て「もう出来たの!?」と迷惑そうにミソラさんは腕組みをして五十嵐に言った。
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