2


 それなりに二人で盛り上がる毎にどこか俺の頭の奥は冴えるように熱が冷める。
 俺の下で膝を掴まれ快楽にベタベタな息を吐き続ける、この裸で踊るような女に俺は聞いてみる。

「…楽しい?」

 と。
 返事は出ていかないらしい。毎度、言葉は返ってこないだろうという頃合いに俺はそうやって情交を目に焼き付けるのだ。

 どうして快楽とは苦しさも入り交ざるのだろうか。生温さに心地と孤独が混ざって、原型がないほど溶けて逝く。不思議だ、生殖はひとつの生命体を…。

 俺の哲学が止んだのは部屋のドアが、あっさりと開いてしまったのが視界の端に見えたせいだった。

 あれ、なんだっけ。

 腰を動かしながらドアを眺める俺に女は気付かずに「…センっ、あっ、センセっ、」と俺で喘いでいる。

 ドアを開けた人物は状況を見てピタッと動きを止めた。
 動作が止まったことにその人物の動揺は読み取れた。

 しかし柔らかそうにふわっとした流れる短髪はどうにも質量あるせいか、その前髪の向こうの瞳が何を写すか、読めない現象。大して表情も変わらないその人物は、淡々と、俺を見ているのだ。

 見いってしまい動きを止めた俺に女は焦れて擦れた「センセ…?」を喉から滑らす。

 何も飾らないただの長い灰色のニットから覗く小さな手と質素な黒い細身のジーンズ。洒落っ気がないのが浮世離れしている気がしてならない。「ねぇ、センセ」と下で言う方が、どちらかと言えば現実かもしれない。

 濡れた声がした真下の顔を見れば、自分は驚くほどに幻滅してしまった。
 今、そこに立ってこの情交を見つめるその人物の方が、このイキそうな女より遥かに儚げで魅力がある。

 そう考えたら途端にこのぐしゃぐしゃになった茶髪パーマへ興味がなくなってしまった。

 流石に女も気付いたらしく、「何?」と半身を起こして状況を理解し、油絵のような驚愕の色を顔に塗った、それは一瞬にしてだった。
 「いやっ、」と短く言って途端に芋虫になってしまった女に、「落ち着いたら帰って」とだけ告げ、まずはボクサーとスキニーを身につけてからタバコに火を点けた。

「…アシスタント募集?」

 立ちっぱなしだったそいつと目が合うとそいつの声は「…はい」と、小さくて聞き取れない、中性的で不機嫌なもの。俺から背けられた顔。
 先程より人間味を感じる。明らかに俺を軽蔑をしたそいつは男性だ。背けて露になった白い首筋にそう俺は解釈した。

 「まあどうぞ、座って」と言う俺の背中がもぞもぞしている。テキトーに散らばった服を女に渡そうとすれば女は最早開き直ったらしい。下着を纏っただけの彼女が起き上がり、怒りやら羞恥に満ちた目で、俺の横っ面を叩いた。お陰でタバコが床に吹っ飛んだ。
 怠さに腰を上げて仕方なく拾って咥えれば「最っ低」と。

 腕を組み壁に凭れながら感情なく冷めた目でこちらを見つめたそいつを指差し、「他にいたんじゃないっ」と女がバカに喚いた。

「募集中だから」
「はぁ?」
「何か勘違いしてるようだけど、アシスタントで彼女になれると思ったのかな?」
「…、」
「女の子一人で男の自宅に上がり込むのは、清楚じゃないなぁ」

 苦笑いしか出ていかなかった。これでも俺の中では気を使った表情だ。

 着にくそうに服をちゃっちゃと着た女は勢いでベットから降りて出て行こうとしたが、俺はおもしろがって女の手を軽く引っ張り、「楽しかった?」と訪ね、俺はテーブルの上にあった財布に手を伸ばした。
 それにも「いらないっ、」と否定をし、彼女の足はあの、アシスタント募集で出くわしてしまった中性美人の所で止まる。

 そいつを睨み付けてから去ってく女を見もせずにそいつは空虚な眼差しで言う、

「ゴキブリ」

 と。

 ついに出ていったかと視線で女を追うも敵わない。
 そいつから向けられた視線は睨むように熱かった。なるほど、俺に言ったのかと理解した。

 まだそいつは動かず壁に凭れているので最早諦め、「名前は」とこちらから問う。
 くしゃくしゃになったシャツを羽織り、側に置きっぱになったリュックから、なんとなくスケッチブックと鉛筆を取り出して広げた。タバコは捨てる。

 漸く動いたそいつは向かい側、低いガラスのちゃぶ台とテレビの前に座る。
 昼の日差しが薄い色彩を髪に移し白い肌を映えさせるのが、まるで幽霊のようだと感じた。

「…神月かみづき佐奈斗さなと

 サナト。
 目が茶色く、なんとなく薄い色をしているなと感じた。
 日常の中の非日常を見るような錯覚。声も女みたいだ。洗われるような、鎮まった声。本格的に実態が見えない。

「…五十嵐いがらしとおる《とおる》」

 知っているはずだが名乗る。
 と言うか大して無駄話に興味がない。スケッチブックにすらすら、俺はこの情景を留めたいと手元と、サナトしか見ていない。

 彼は黙って俺を見つめている。この非現実さに今の俺は感情を向けている。
 だがふと彼が「あの」と声を発した。それは心地よく清潔な声だと感じた。

「…水を頂いて良いですか」

 ……その申し出に手が、止まったのだ。

「………は?」
「…少々、喘息の気があります。埃っぽいし貴方のその臭い、好きじゃありません。窓を開けたい」

 ……あぁ。

 確かに今まで生々しく交わっていた。そうかと思い、「…どうぞ」と言えば彼は立ち上がり本当に窓を開けた。

 日の光に気持ち良さそうな、薄い表情で目を閉じたサナトの姿に、俺は思わず息を呑む。
 そんなに嫌だったのかと意識を掠め、
「悪かったな」と謝れば振り向いて「別に」と素っ気なく返答された。

「…合格」

 口を吐いたらつい、にやけてしまった。
 それを、不思議な表情で眺める彼は目を丸め、

「…掃除してもよろしいでしょうか」

と訪ねてきた。黙って頷けば漸く彼はうっすら笑い、「変な人だね」と砕けて言った。

- 3 -

*前次#


ページ: