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「……おっかしいなぁ……、」
鼻声で涙を拭うサナトに、「ま、まぁいいや…」と、コーヒーを淹れてやろうか等と考えるのだけど、「おっかしい……、」と、認めてしまえば早いもんらしく、顔を覆って更に泣くのだから仕方ない。
「うーんと…まぁ、コーヒーを…」
「ちょっとぉ、と、隣、いーですか……?」
…隣に来いということなのか、めっちゃ喘いだシーンでストップされてるそれの前とかかなり気まずいんですけどとか思ったけれど、ミリ単位で震えて泣かれたのなら仕方がない。
「わ、わかった、」と、思ったよりぎこちなくもサナトの隣に座ってやった俺が最早いつもの優しい五十嵐さんなのか不明だった。
やり場はないのでまぁ、背中を擦ってやれば「さ、わるのは、いいです」とフラれてしまった。
「す、すませんなんか俺」
ぎこちなく言った俺の言葉にサナトは答えられないようで、暫く一人で泣いている。うわぁこれ多分めっちゃシュールレアリズム。誰か見てたら本当になんとも言えないからやめて欲しいやつ。誰も見てないけど、こいつは幽霊だから。
……何が悲しいのか、それはこいつに果たして処理出来ているのだろうか。
「…思い出した、のか?」
首を振る。
これ本格的にわかんねぇけど。
仕方がない。
成り行きに任せようと、胃が痛くなる思いでその場でぼんやり、浮かぶように光るパソコンを見つめるしかなかった。気持ちいい、そうか、でも君は一見したら、余裕のないようなやつなんだろうが俺には今、心底苦しいのだろうとしか見えないよ。
少しそうしていてブルーライトがぼんやりしてきた頃、「あぁ、すみませんでした」と、若干掠れたような鼻声で言ったサナトの横顔はまた無表情だった。こんなに泣けるなら30越えてもほうれい線とか気にしないだろうな、だなんて思えば「…海鮮食べたいです」とサナトが意思表示をした。
あぁ、いま塩分出しまくったもんね、俺豚食いたいけどね。
「取り敢えずお好み焼きで妥協するけど」
「はい…?」
「俺は豚食うからマジで」
「…どうぞ?」
勝手に食えば?と言いたそうに首を傾げるキョトン顔にも確かに慣れた。だが何故だか「ふっ…ははは、」と、地味にツボが押されて笑ってしまった。多分状況的に俺は程よく最低。
「は?」と言うサナトに構わず、まずはちゃぶ台にぶん投げるように置いていた財布をポケットに入れた。
「腹減ってんだ、ちょっとダッシュで行くぞ全く」
「何が全くなんでしょうか」と言うのも背中にすれば黙って着いてくる。幽霊のようで幽霊でもない。
あまりに急いたせいか「薬、」と玄関についてから言ったサナトを少し待った。常備薬を細かく入れたピルケースを取りに戻ったサナトの背に、確かに少しは気の毒だと、感じないわけでもなかった。
戻ってきたサナトと家を出た瞬間に「へっくしゅ、」と小さくくしゃみをしたサナトに、もしかして昼間長時間動かず裸にしてた俺が悪かったりして、風邪だったりしてとふいに不安になった。
出た側でたまたま大家にあった。
「あれっ、」
と明らかに驚いた御歳86歳に、「アシスタント」と俺が素っ気なく言えば、サナトは丁寧に後ろでお辞儀をしていた。
「えっと、神月佐奈斗と申します…」
「あ、どぅもおーやの大谷ですけど透ちゃん、あんたまた」
「あーじいさん俺いまちょっと腹減ってんだ。紹介遅れてごめん。近々隣、借りるかも。空いてるっしょ?」
「えっ、いやぁ開いてっけどなんだそりゃ」
「まぁちょっとね。あとでねバイバイ」
腰を抜かしそうなほど驚いている大家にサナトは再びお辞儀をし、先を歩く俺に「五十嵐さん」と、不安ありげに言ってきた。
「…僕、普通菓子折りもんですかね?」
「いや大丈夫だろ慣れてるだろうし」
「あぁ…、そんなに連れ込みしてるんですかあんた」
「まぁね。隣住ませるパターンが初なだけで」
「…はぁ…、」
サナトは振り返りぼんやりとアパートを眺める。うん、確かに築30年以上、こいつより先輩。言いたいことはわからんでもなし。
「…売れたら建て替えてあげたらどうですか五十嵐さん」
「寄付金は出したことあるぞ。死んだとき跡継ぎがいねぇからって全部じいさんの懐に入ったよ。結局俺が死ぬまでの家賃前払いみたいになった」
「…なるほど……結構な…」
「いや、家賃が安いだけだ」
都会の癖に53,000円だなんて逆に胡散臭い。見合って耐震工事すらされていない。大地震が来たら恐らく俺は潰れて死ぬ。
「……お前なら訳あり物件扱いで最早タダ同然で住めるんじゃねぇの?今回のが売れたら出してやれよ。金余って立て替えてくれるかもしれん」
「あぁ、なるほどね、いいかもしれないですね」
「売れるかはまぁお前に掛かってるけどな」
まず売り込みしないとな、俺はタレント事務所の営業かよ。ある意味語弊もなさそうなところが厄介だ。
店につくまでにサナトの腹が一度盛大に鳴った。身体は資本だ食わせねば。俺は出来の良い妻かよ。自虐ばかりを考えた。
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